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見えない部分を想像すると優しくなれるかな
こんにちは、なつめです。
先日のnoteで、小学1年生の息子からほめられたことを書きました。
このお風呂でのやり取りには続きがあります。
息子が思うママの良いところの話の後に、「ママの思うママの良いところは?」という質問をされていたのです。
そこでわたしはこう答えました。
・毎朝早起きをして、家族の朝ごはんを作るところ
・息子とパパを起こしてあげるところ
良いところというか、自分でがんばっていてすごいなと思うことを挙げてみました。
息子が挙げてくれた、勉強をしたり本を読むわたしの姿は息子の目に見えていることです。
でも、わたしが挙げたことは、家族の誰も見ていない姿。
家族の中でいちばん早く起きているので、わたし以外は知らない姿なのです。
早起きは比較的得意ではありますが、たまにはゆっくり寝ていたいときもあります。
そんな気持ちでいながらも毎日早起きをして、ご飯を用意して、家族を起こして、自分すごい!!!って思います。
わたしの早起きの話に限らず、自分がどれだけがんばっているかは自分がいちばん知っています。
どんなに近い存在の家族であっても、見抜けない部分があると思うのです。
わたしだって、息子が学校でどれだけがんばっているか、旦那さんがお仕事をどれだけがんばっているか、知りません。
知れるのは一部だけ。
だからこそ、相手のそういう見えない部分にまで想いを馳せることで、相手への感謝や思いやりがさらに湧き上がってくるのかな、と思います。
わたしは、毎日の家事育児は一生懸命やっていますが、感謝されたいからやっているわけではありません。
それでも「がんばってるね!」や「いつもありがとう!」と言ってもらえればやっぱり嬉しいものです。
学校をがんばっている息子や、お仕事に励む旦那さんに対しても、わたしが見えていない部分を想像することで少しは優しくなれるかなと思います。
自分の体調や家族の行動でイライラしてしまうときもありますが、できるなら楽しく明るい雰囲気で過ごしたいですよね。そのためにも家族に対しての感謝や思いやりは常に忘れずにいたいなぁと思うのでした。