見出し画像

オンリーワンということ

あなたが「オンリーワン」の存在だとわかるのも、他の誰かと比較をした結果に過ぎないわけです。

最近、こんな言葉を見かけた。


たしかに、自分と周りを比較することは大切だ。競うことで、人の成長が促されるのは事実だ。

「あの人にもできるなら、僕にもできるだろう」

どんなにすごい指導を受けるよりも、歳や実力の近い人がそばに存在するほうが、上達しやすいらしい。

たしかにそうだ。

そんな経験をしたのは、僕だけじゃないはずだ。

人と比較することで人は成長する。


でも、オンリーワンとはちょっと違うのではないだろうか?


人と比較することは、自分を浮き彫りにする作業だ。

しかし、自分を浮き彫りにするためには、そのための土台が必要だ。そして、その土台を掘り進めるためには、まずその土台自体の性質を理解する必要なのである。

つまり、今から彫る土台は、木材なのか、金属なのか、樹脂なのか…

どういう性質を持った土台なのかを理解していなければ、どういう道具で彫ればいいのかもわからない。

下手すると、道具を破損するかもしれないし、力が強ければ土台自体が壊れかねない。

冒頭の言葉は順序が逆であって、自分がオンリーワンであると理解して初めて、比較という作業が生まれてくるのだと思う。


自分を理解せずに他の人と比較しても
「あの人は〇〇だから」と自分ができないことの理由にしかならない。

自分の境遇を他人と比べて、その現状に陥っている原因を比較した相手に見出すことになってしまう。


自分は何が好きで、どんな感じ方をするのか。

たぶん1番これを理解するのが難しい。学校の勉強の方が簡単だ。

でも、まずはそこから見つめないと、比較という行為自体が自分に向かう刃になりかねない。


特に現代は比較されやすい環境が整っている。

むやみやたらと比較するのは、子どもではなく周りの大人で、

小学校に入った途端、周りのみんなと同じであることが求められる。

SNSではキラキラした投稿が流れてくる。

発信と受信が自由かつスピーディになった今の時期だからこそ、比較されることが日常化されるようになった。

本当に大事であるのは、生身の自分であるはずなのに、それを意識する時間もなく、他人との比較に時間を費やす。


自分がオンリーワンであることも知らずに、オンリーワンになろうと必死に努力する。

そんなことが繰り返され、到達する必要もない理想が掲げられる。

そして、その理想にいつまでも到達できない自分に自信をなくす。

なんで自分にはできないのかと…


最近、ブレインドリブンという本を読んだ。

脳には3つのモードというものがあって、

「デフォルトモード」が無意識の状態。
「セントラルエグゼグティブ」が意識的な状態。

僕らはこの二つの状態を行き来しながら、物事を処理している。

そして、その2つのモードを橋渡しする「サリエンスネットワーク」というものがあるらしい。

「サリエンスネットワーク」というのは,自分の内部環境の変化に気づく時の脳の状態を示していて、

例えば、ストレスを感じるのも
「あ、これがストレスだなぁ」
という内部環境の変化に脳が気づいて初めてストレスになるのだ。

つまり、人が何かを感じるためには、その状態の一歩前の状態に気づく必要があるということだ。

(気づかなければ,感じることもない)


人と比較する前に、
「自分がすでにオンリーワンである状態である。」
「どんな考え方、感じ方をして、どんなことが好きなのか。」
といったことにまずは気づくことが必要なのだと思う。

この記事が参加している募集

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。いただいたサポートは、高校生と地域貢献をするのための活動費用として使わせていただきます。