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介護職6千円賃上げニュースの実態と問題点【処遇改善加算とは】

この記事は5,349文字ありす。
政府が来年2月から介護職員1人あたり月6千円の賃上げを実施する方針を打ち出しました。
SNSでは「6,000円で何ができるんだ!」という投稿が散見されますが、具体的にどのような方法で賃上げが行われているかご存知ない方が多いと思います。

介護職員の賃上げには、介護事業者が独自で行うものと政府が政策として行うものがありますが、政府の政策による賃上げが重要と言えます。
日経新聞ではわかりやすく「補助金を支給」とありますが、政府の賃上げ政策を処遇改善加算と言います。

出典:日本経済新聞

処遇改善加算を受け取れる人

処遇改善加算は以下の方を対象に、就労する事業者を介して支給されます。

  • 介護の現場で働く介護職員等
    一部の事業(介護予防訪問看護、介護予防訪問リハビリテーション、介護予防居宅療養管理指導、福祉用具サービス全般、居宅介護支援、介護予防支援)は対象外

  • 障害福祉サービス事業者等で働く福祉・介護職員
    一部の事業(就労定着支援、自立生活援助、相談支援)は対象外

  • 認可保育園で働く保育士

    • 私立保育園でも認可保育園であれば対象

    • 企業主導型保育や小規模保育事業は認可保育園の一種として認められているため支給の対象

    • 認可外保育園で働く保育士は対象外
      民間の保育園、病児保育室、一時保育園、病院独自の院内保育室など

今回は介護の現場で働く介護職員等に支給される処遇改善加算にスポットを当ててご紹介します。

介護職員等に支給される処遇改善加算

概要

本制度は、2000年からスタートした介護保険制度において、2009年10月から始まった介護職員処遇改善交付金がルーツで、2012年4月に加算制度に移行しました。

処遇改善加算は、全額を介護職員等への給与へ上乗せし、賃金水準を改善させることが義務付けられており、賃上げ以外の目的では使用できません
事業者がピンハネしているのは論外ですが、内部保留や備品の購入など他の支出に流用することはもちろんのこと、介護スタッフに支給する交通費や福利厚生、研修の参加費用などに使用することもできません。
処遇改善加算を得るには規定の基準を満たした上で計画書と報告書を自治体に提出することが義務付けられており、報告しないと返還や加算が取り消されます。

特定事業所加算という制度もありますが、こちらは処遇改善加算と異なり事業者に対して支払われるもので、事業者の利益に直結する加算といえます。介護職員に支払う義務はありません。

事業者を介して従業者に支給

処遇改善加算は、介護サービスの基本報酬に追加される形で事業者に支給されます。
つまり、従業者が受け取る前提として働いている事業者が一定の要件を満たして処遇改善加算が給付されている必要があります。

©Minoru Matsuoka

当然に基本報酬を原資にして最低賃金は超えているべきものであって、その上で処遇改善加算を配分していく必要があります。
事業者から介護職員への分配方法は主に3パターンあります。

  • 月額給与のアップ

  • 賞与に反映する

  • 特別手当として支給
    能力や経験、業績や成果、勤続年数などに応じて支給

処遇改善加算の種類

処遇改善加算は制度開始から複数回の改定を経て、現在は3種類の処遇改善加算が乱立する複雑な制度になっています。

  • 介護職員処遇改善加算
    実際に介護の業務を行う介護職員のみが支給の対象となります。
    看護師、栄養士などの他職種は対象外ですが、介護職員と兼務している場合は支給の対象です。
    雇用形態や資格の有無は問わず、パートや派遣社員も対象です。

  • 介護職員等特定処遇改善加算
    介護の業務を行う介護職員以外にも支給が可能です。
    加算要件として、月額8万円の処遇改善となる人、または年収440万円以上となる人がいることが求められます。
    制度設計のコンセプトは、勤続年数10年以上の介護福祉士について月額平均8万円相当の賃金処遇改善を行うというものでした。
    長く働き続けてもなかなか給料がアップしないという介護業界において、経験・技能のある(勤続10年以上)ベテランの介護福祉士の賃金を、全産業平均水準である年収440万円(役職者を除く)と同等にするのが目的です。
    しかし、一部のベテラン介護職員だけの賃金を上げるのでは職場の理解が得られなかったり、チームワークに悪影響が出てしまうため、それ以外の他職種(看護師、栄養士、事務員等)にも一定の基準で分配が配分可能になっています。ベテランの介護職員以外に必ず支給する必要はなく、勤続10年という条件のめやすと合わせて、各事業者の裁量によって柔軟に設定することが可能です。

  • 介護職員等ベースアップ等支援加算
    今回、岸田政権が打ち出した介護職員1人あたり月6千円の賃上げ政策はこれに該当します。
    元々は、2022年2月にコロナに対する経済支援を目的に岸田政権の目玉政策として打ち出され、「1人当たり月額平均9,000円の賃上げ」の臨時の報酬改定が行われ、同年10月から加算制度に以降しました。
    名称が「介護職員等」とあるように、事業者の判断により介護職員以外にも配分できるように柔軟な運用が認められています。

なお、現状の3種類の処遇改善加算体制は介護事業者の事務処理の負担が大きいため、国は一本化する方向で検討しています。

処遇改善加算制度の問題点

岸田政権からベースアップ政策が発表された当初、「介護職にはベースアップで一人一律毎月9,000円」という情報が飛び交い、介護業界は大いに期待しました。
しかし、厚生労働省が作成したリーフレットに目を通すと・・・

厚生労働省:福祉・介護職員処遇改善臨時特例交付金 リーフレット

一律で月額9,000円の引き上げを行うものではありません

ということで、9,000円アップしない可能性もあるわけです。
当社の中でも、「期待して損した」「こんなことだろうと思った」という落胆の声が上がったのを思い出します。

そもそも加算を取得していない

介護事業所の処遇改善加算取得率を集計したデータがあります。

(出典)厚生労働省「介護給付費等実態統計」より老人保健課で特別集計

全ての事業者が処遇改善加算を取得しているわけではありません。
つまりは、加算を取得していない事業者の従業員は、政府が行っている賃上げ政策の恩恵を一切受けていない事になります。
主に次のような理由があります。

利用者の負担増加を嫌う一部の事業者

介護保険サービスを利用する場合は、要介護区分(状態)別に、介護保険が適用される区分支給限度(上限額)が決められており、 そのうち利用者負担は原則、所得に応じてサービスにかかった費用の1割から3割です。
その区分支給限度額の計算に処遇改善加算は含めません。
含めてしまうと、加算を算定している事業者の利用者は、算定していない事業者の利用者より受けられる介護保険が適用されるサービスの総量が減ってしまうことと、介護職員等のを賃金を向上させるための処置であるため、政策上の配慮から区分支給限度額の対象外になっています。

ところが、一部の事業者は利用者の負担増加が発生するのを嫌って加算を算定しません。
処遇改善加算は、介護職員の給与や労働条件の改善や、サービス提供の品質向上など、介護事業が他のサービス業のみならず、全産業平均水準まで底上げするために策定されました。
高い給料のホテルマンになろうとした場合、質の良いサービスを提供する高級ホテルで働くことを選ぶはずです。安価な素泊まりホテルでは高い給料は望めず、相応の安い給料となるのは想像に難しくありません。
根本的な問題として、福祉業界全体に嫌儲の気質が根付いており、「付加価値の高いサービスを提供して、サービスの価値を高めていく」という資本主義経済の原則から目を背け、「思いやり」や「志」といった綺麗事を並べるような「やりがい搾取」タイプの事業者が一定数いるのが現実です。

昇給の仕組みを設けるための作業が煩雑

加算の要件として、就業規則等の明確な書面での整備・全ての介護職員への周知が必要となります。具体的には、職責又は職務内容等に応じた任用要件、賃金体系のみならず、経験や資格に応じた昇給制度や、計画に基づいた研修の実施などが必要となります。

また、経験者・有資格者等にこだわらない入職促進に向けた取組みや、パートタイマー等も受診可能な健康診断・ストレスチェック、休憩室・分煙スペース等の心身の健康管理対策などです。他にも、子育てや介護等と仕事の両立できるように時短勤務や休暇制度等の整備、ICT活用や見守り機器等の介護ロボットやセンサー等の導入による業務量や作業負担の軽減・生産性向上など、職場環境の整備項目も多岐に渡ります。

多くの要件を満たした(厳しい基準をクリアした)事業者に対して多くの加算が給付される仕組みのため、それがそのまま職員の賃上げとして還元され、結果的に介護職員が働きがいのある職場になることを狙った制度ですが、中小の事業者は慢性的に人員も財務もリソースが不足しており、加算の取得(届け出)は物理的に困難です。

配分は事業者の裁量に委ねられている

処遇改善加算はある程度の配分ルールはあるものの、対象職員の中から誰に支給するか、いつ支給するか、どれだけ支給するかといった裁量は事業者に委ねられており、スキルや仕事ぶりに不安がある職員には支給されないこともあれば、職員によって支給額に差が出ることもあります
そこで、コロナ禍で経済的に苦しい介護事業者の従業員に対して即効性のある賃金改善を行うために生み出されたのが介護職員等ベースアップ等支援加算です。

厚生労働省:福祉・介護職員処遇改善臨時特例交付金 リーフレット

交付金そのものは月額9,000円相当を交付し、3分の2以上は、基本給または決まって毎月支払われる手当の引上げに使用する事が義務付けるが、残りの配分方法は事業者の裁量に委ねられています。
なぜ交付される全額を従業員に分配できないのでしょうか。
それは介護保険制度そのものの仕組みに原因があります。

事業者の持ち出しになってしまう可能性

事業者が介護サービスを提供すると、利用者の自己負担金(1割~3割)を除いた残りの介護給付費(7割~9割)は、国民健康保険団体連合会と市区町村2つの審査を通過しなければならないため、請求から支払いまでに1カ月半ほどの期間がかかるため、サービス実施月の翌々月入金となります。

©Minoru Matsuoka

また、利用者の介護区分を見直したり、請求内容に不備があった場合、翌月以降に請求するため支払いを受けられるのもさらに伸びてしまいます。
職員に支払うのは先、入金は後のため、売り上げの小さい事業者は資金繰りが悪化して経営に影響が出る可能性があります。

加算は職員の人数に応じて支払われるのでもなく、事業者の売り上げに乗じた金額が支払われる仕組みです。売上が減るのとともに加算が減ってしまい、帳尻が合わないからといって職員に約束した毎月の賃上げを見送ろうものなら暴動が起こるでしょう。
また、介護事業者は売上がガッツリ減るイベントが盛りだくさんです。

  • 利用者が入院して売り上げ減

  • 職員が急に退職してサービスの提供ができず売上減

  • それに伴って空室に入居者を入れても介護が提供できなくて売上減

  • そもそも毎年2月は稼働日数が少ないので売り上げ減

だったらベースアップなんてリスクが高すぎるし、そもそも申請しない方がいいじゃないかという考えがあるのもおかしくはないでしょう。

職種間・事業所間の賃金のバランスがとれなくなる

例えば、介護職員が同じ事業者で勤務する看護師や主任ケアマネ以上の給与となることで、職種間の賃金バランスがとれなくなります。
同じように処遇改善加算の支給対象外の職種に対して賃上げをしようとすると、事業者は売上が上がっていないのに自前の財源で支給する必要があります。

他にも、同じ事業者が運営するA事業所と、B事業所があり、片方のみ処遇改善加算を算定した場合、一方のみ給料が上がることで職場内に不和が生ずることも考えられます。そのような理由で加算を取得しない事業者も多く見受けられます。

扶養の壁

介護職員処遇改善加算の対象職員に、雇用形態や資格の有無は問われません。派遣社員も、家族の扶養に入っているパートも介護職員処遇改善加算は適用されます。
そのため、処遇改善加算の給付で扶養の枠を超えてしまうと社会保険料が大幅にアップしてしまうため、意図的に勤務時間を調整する職員も少なくありません。

まとめ

介護処遇改善加算を取得(届け出)するには膨大な計画・申請・報告の手間が生じます。

また、「介護の現場で働く介護職員等の収入を増やす」という目的さえ達成できれば、細かい方法について決まりは設けられていません。
支給時期や支給方法については事業者の管理者に任せられているため、従業員が手当てを受け取れる時期や頻度は各事業者で異なります。

介護職の従事者は、処遇改善加算に関するニュースに対して敏感にチェックし、その知識を深めて、「就労する事業者はどのような処遇改善加算を取得しているのか、自身には幾ら支給されるのか」を雇用主に確認する姿勢が重要です。

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松岡 実@老人ホームエバンジェリスト
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