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本の話をするなら -いとうさん・あにお天湯ちゃん-
私は本や活字全般を読むのが好きなので、ミスiDセミファイナリストのプロフィールで「好きな本」欄を見るのを楽しみにしている。好きな本や作家が自分と被っている人に対しては親近感が湧くし、一癖あるチョイスの人は気になる。同じ理由で、#ミスiDのnoteを読むのも好きだ。
いとうさん×米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」
そんな感じでnoteを見ていたところ、ファイナリスト・いとうさんの記事「平日に読む、」に辿り着いた。
いとうさんが、月火水木金それぞれの日に合った本を紹介している記事だ。
平日に読む、
https://note.mu/sakana_dot/n/n135693cee704?creator_urlname=sakana_dot
いとうさんは謎が多い。プロフィールを見ても年齢が分からないし(20代っぽいことは推察できるが)、学生なのか会社員なのかフリーランスなのか分からない(でも物腰が丁寧なので、社会性はあるように感じる)。
被写体活動、洋服作り、ウェブコラムの執筆など様々な活動をしており、TBSラジオと妖怪にも造詣が深い。
ツイッターやnoteにアップされる他撮り写真は、光を美しく捉えた作品が多い。少し気怠そうないとうさんの佇まいにはアンニュイな美しさがある。
しかしnoteの文章には批判精神もあって、ちゃんと自分で考えて行動する人なのだろうなと思う。読者でなく広告主のことを第一に考えて作られたことが見て取れる雑誌を批判していた記事が印象的だった(中条あやみ…)。日常の小さな気付きを綴ったエッセイからも、彼女の細やかな感性が伝わってくる。
PR動画では「かわいい」を発信できる人になりたいと言っていたが、彼女の在り方にはいわゆる「かわいい」よりも奥行きのある美しさを感じる。世間的な「かわいい」のイメージをディズニーのオーロラ姫が着ているドレスのピンクとするなら、いとうさんの雰囲気はスモーキーなピンクとか、紫がかったピンクのようなイメージだ。私の中では。
いとうさんが「平日に読む、」で推していた5冊の中から、気になった「儚い羊たちの祝宴」を読んでみた。
(5冊のうち「中原中也詩集」だけは読んだことがあった。春日狂想の「テムポ正しく握手をしませう」、真面目過ぎる人の狂気が表現されてて楽しいですよね。)
ミステリー作家・米澤穂信の短編5作品を収めた本。どの話も、舞台は地方の名家の豪邸で、小間使いが登場する。それぞれの家には秘密や陰謀や公にできない血生臭い事件などがあり、それらが登場人物たちの人生に影を落とす。5つの物語に共通するのは、いわくのある美しい屋敷の上品な頽廃感と、そこに暮らす者たちの澱んだ内面世界だ。
名家に生まれた人間、名家に仕える人間としての正しい振る舞いを意識するあまり、幻想や狂気に憑りつかれてゆく人々の物語は、読者を高貴でありつつドロドロした非日常に連れてゆく。エドガー・アラン・ポーなどの幻想小説家へのオマージュっぽい部分も随所にあるので、そういう系統の小説が好きな人はこの本の物語世界にも入りやすいと思う。
個人的には、3話目の「山荘秘聞」が好きだった。文体はサスペンスタッチなのに、人の来ない美しい別荘に一人だけ配属された小間使いの「お客様をもてなしたい」という思いが暴走して完全犯罪(?)へと発展してゆく話はむしろギャグ…! 私の読みが間違っていなければ、最後に真実を知った二人の客人に差し出されるものも実質かなり嬉しいお土産だし…何なんだ、屋島守子。小間使いとしての技能を無駄遣いしてる感じ、ちょっと可愛い。
こんな風にミステリーと笑いが謎の融合を遂げている作品もあれば、純粋に狂気や富への渇望を描いたもの、陰惨な事件がありつつ心温まるものもあり、バラエティに富んだ5作品を楽しめた。
この高貴な頽廃感は、自然と人間の生命活動の勢いがなくなる秋冬にぴったりだと思う。名家の屋敷のどんよりした世界にトリップしたい方、いとうさんをもっとよく知りたい方、いかがでしょうか。
あにお天湯ちゃん×穂村弘「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」
本の話をしたら楽しそうだなーと感じたのが、あにお天湯ちゃん。
彼女はPR動画で、古いアニメを見るのが好きで周囲と話が合わないことや、両親の離婚によって学費が裁判費用などに使われてしまい大学進学ができなくなったことなどに加え、「月50冊のペースで本を読んでいる」と語っていた。プロフィールにも本のタイトルが沢山並んでおり「いっぱいありすぎてしぼれないです」と書かれていたので、気になり始めた。
彼女は定期的にツイッターに自撮りや自身のコラージュ写真を載せるのだが、その中には風呂場で撮影したかなり肌面積の多い写真もあり、変なオッサンにフォローされるのではないかと心配になる。
しかし、10代の女の子の半裸写真であるにもかかわらず、私はそこに雑誌のグラビアのようなエロさを感じない。彼女の据わった目が、消費されることを拒否しているように見えて、少し怖いとすら思う。
街中で撮られた写真でも、やっぱり彼女の眼差しはどことなく不穏で、目が合った人間の心に画鋲を刺してくるような強さがある。ソフトクリームを手に持っている写真でさえ、10代の女の子の無邪気なイメージとは程遠い。一度見たら簡単には忘れられない存在だ。
また、彼女の描くイラストでは、動物や人間の輪郭がどろどろ溶けており、やはり不穏な空気を感じる。先行きへの不安が反映されてこういう絵になったのか、他の理由があるのかは分からないが。
しかし天湯ちゃんは、ミスiDに出ている人たちと一緒にいる時の映像の中では屈託なく笑ったり喋ったりしているので、少し安心する。
クリエイター・きのしたまこちゃんの写真作品で被写体をやったり、前出のいとうさんのイベントに出たり、SMの女王様を生業とするさくらこさんに緊縛されたりしており(服は着ている)、お姉さんたちに可愛がられている印象。こういう伸び伸びできる世界を得たことで、彼女の人生が良い方向に転じてゆけばいいな、と思う。
彼女のツイッターを見ていたら、読んだことのある短歌が登場したことがあった。
ハイジャック犯を愛した人質の少女の爪のマニキュアの色
親近感が湧いたので、私も穂村弘の
夜明け前 誰も守らぬ信号が海の手前で瞬いている
が好き、という内容のリプを送った。分かってくれる人がいて嬉しい、という返事をもらえた。
上記の2首が載っているのが、この歌集だ。
歌人・穂村弘の歌集だが、収録されている短歌は、手紙を書くのが日課のウェイトレス「まみ」という架空の女の子の言葉として並べられている。五・七・五・七・七から少し外れた字数、不意に混ざるカタカナ語、言葉選びのとりとめのなさなどが、まみの可愛さや浮遊感や心もとなさを醸し出す。前に穂村弘のエッセイを読んだ印象だと、この人自身もあまり男気溢れるタイプではないようなので、自分の女性っぽい部分をまみに託しているのかもしれない。
可愛さとグロさが交錯するタカノ綾の絵も、短歌の世界とマッチしていて良い。読めるし、飾れる。
※ちなみに以前、この歌集をミスiD2018大山卓也賞の朴ゆすらちゃん(えもゆす)にプレゼントしたら喜ばれました。
仕事はある程度自分で選べて、養う家族もいなくて、自由だけど未来は不確かで、意識が空想と生活の間を彷徨っている。そんな若い女の子の日々を追体験したい方にお薦めです。
もちろん、天湯ちゃんに精神的に近付きたい方にも。
おまけ:あにお天湯ちゃんへのインプット
10月、天湯ちゃんのnoteに、こんな投稿があった。
…なんか好きとかきらいとかそういう単純なかんじょうに依存しすぎた
さいきん毎日どうにかこうにか幸せで、かんかくがまひしてた
やっぱひとりで泣きながら分厚い本を貪り読むじかんがないとじぶん腐ってくなて思た
しあわせて感じてないと無意識になんでも吸収しようと思うから
おなかがすいてないときにいっぱいたべるのとおなじで。
さいきんめぐまれすぎて自分からなにか摂取しなくてもまわりがぽいぽいしあわせなげてくれておなかいっぱいになてた
(中略)
たにんが投げてくれるしあわせにあまえて自分をネグレクトしてた
かんぜんに育児放棄で
むかしあんなにしぬほど本のむしをしていた時間はいまではツイートをしたりカップ麺をたべたりするじかんになってしまつて、
わたしはこれを自分がおとなになったからって言葉でかたづけるのをゆるせないから
ちよっと一回スパルタ教師をこころにレンタルする
よんだほがいい本あったらおしえて
わたしもおしえるね
出展:
この頃、私は本棚の本が増えて困っていた。
私が行く予定だったえもゆすのイベントに彼女も来ると分かったので、私は本棚から2冊の本を抜き、会場で天湯ちゃんに渡した。
こんなラインナップです。
どちらも、天湯ちゃんの仄暗さや反骨精神と共鳴する気がして選んだ。
良い刺激になりますように。
実り多い読書の秋にしたいですね。