札幌銭湯スタンプラリー2024のこと(その18・北都湯)
2024年8月26日、北都湯さんへ。
札幌銭湯スタンプラリー2024の18軒目。
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その日、私は研修講師のお仕事を仰せつかっていた。しかも昼休憩を挟んでの2ステージ。
こういった場合
「お弁当をご用意しております」
ということも多いのだが、その日は違った。別に全然よい。許す。
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「えっ、控室ですか⁉︎すいません、ご用意しておりません…」
なるほど。ふざけんな。全然よくない。許さん。控えさせろ、バカヤロウ。
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つまり、我が領地は「講師」と書かれたA3の紙がだらしなく垂れている、汚い机のみだ。
その机で昼飯を食うという選択肢はあった。
しかし、会場に残っていた受講生の眼前で講師がカレーパンをモサモサしだしたら、説得力は一気に失する。
仕方なく外へ出た。
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全く土地勘のないエリアだったが、Googleマップに頼るなどという軟弱なことはしなかった。
炎天下、思うがままに歩みを進めた。
住宅街の片隅にラーメン屋を発見。
その外観は歴史を感じさせるというか、趣があるというか、要するにボロかった。
老夫婦が営んでいるのだろうなと思って暖簾をくぐると、想像に完全一致の老夫婦が忙しそうにしていた。
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外観に負けず劣らず、内部もなかなかのボロっぷり。これは完全に当たりだ。
頭にタオルを巻いたヒゲ面店主に「一杯入魂」とか添えられたポスターの貼ってある、頭が背脂チャッチャな低偏差値系バカラーメンより相当信頼できる。
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カウンターの端に陣取り、700円の味噌ラーメンを注文。
間も無く、いかにも札幌ラーメンというビジュアルのそれが運ばれてきた。
黄色い縮れ麺、シャキシャキのもやし、甘い玉ねぎ。
ラーメンには全く詳しくないが、やはり完全に当たりだ。
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半分ほど食したところで、1人の男性が入店。30歳くらいだろうか。平日の昼間だったが、ずいぶんとカジュアルな服装をしていた。
「醤油ラーメンとチャーハンを、セットじゃなく両方とも単品で。あと…あ、うーん…あと、ビール」
なぜビールを迷ったのか。昼に飲む罪悪感か。医者に止められているのか。
いずれにしても、君は正しい。私はあなたを肯定する。
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店内にはラジオ、具体的には「工藤じゅんきの十人十色」が流れていた。
「それではお聴きください、井上陽水と安全地帯で『夏の終わりのハーモニー』です」
完璧な形で夏が去ろうとしている。
数年後に思い出すのは、意外とこんなシチュエーションだったりするはずだ。
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「ごちそうさまでした〜」
湿気を含んだ暖簾が頬に張りついた。
暖簾。
湿気。
今晩は銭湯に行こう。
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少し嘘をついた。
私は風呂道具を携えて出勤していた。
つまり、ラーメン屋で銭湯を決意したわけではない。
嘘をついたし、講義はスベり弾け飛んだ。
そんな人間にも北都湯は優しかった。
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北都湯がどんな銭湯かと問われたら、私は
「静かな銭湯」
と答える。
それはノイズや客の寡多とは、あまり関係がない。
北都湯は、その水質のせいか、鉄の匂いが立ち込めている。
嗅覚が聴覚を押し込んでいるせいで、静かに感じるのかもしれない。
いや、それも、きっと、違う。
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18こめ。最後の二人の歌は 夏の夜を飾るハーモニー。
一人だよ。うるせえバカ。