「さよならクリームソーダ」 額賀澪
それは、よくある恋愛小説のなれの果てだった。主人公の男が恋に落ちる。魅力的で少しミステリアスな、何やら秘密を抱えた美しい女の子と。主人公は彼女の隣にいることに安らぎを覚え、彼の世界は徐々に彼女を中心に動き始める。
ところがそんな二人は、彼等の力ではどうにもできない悲劇によって引き裂かれる。主人公は一人、世界に取り残される。彼女のいない世界を彼は生きていく。彼女の笑顔と言葉を抱えて、生きていく。
「泣いた」とか「感動した」とか。そんな声に埋もれて見えなくなった、主人公のその後の物語。
あらすじ
寺脇友親は美大の油絵学科に通う1年生。金欠状態から助けてもらったのをきっかけに同じアパートに住む大学の先輩・柚木若菜と親交を深めていく。絵の才能があり、人当たりがよく、容姿にも恵まれた完璧超人のような人物…それでいてどこか掴みどころのない、周りと壁を作っているような雰囲気をまとっている若菜。そんな若菜を追いかけていると言う一人の少女が友親の前に現れる。ただのストーカーだと思っていた彼女から言われた予想外の言葉。
「若菜君から、目を離さないでください」
彼女は一体誰なのか。そして、柚木若菜の何を知っているのか。
かつての悲恋、家族との軋轢、才能への渇望と絶望。若者の痛みとその再生を描く青春小説。
読後
「クリームソーダをひとつ。」
東京下町に隠れるように在ったしがない喫茶店で、僕は素早く注文を済ませた。昔ながらのクリームソーダを備えている店はなかなか見つからず、一冊の小説を片手に何時間も喫茶店を巡った。ここまでに何杯のアイス珈琲を飲んだだろう。真夏の猛暑日とはいえ、僕の胃はすでに凍え、震えていた。
それでもクリームソーダを飲まなければいけないと思った。ある種の使命感のようなものだ。僕の脳は、この物語に出会い、最後のページを閉じた瞬間から透き通る緑色に染まっている。
「おまたせしました。クリームソーダです。」
溶け始めるバニラアイスをスプーンで掬い口に運ぶ。
当たり前のように甘い。
でも後味は、ずっと好きだった苦く脆いあの人の味がした。
自立できないミズゴロウより
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君のいない世界で、俺は何を生きるの。
「さよならクリームソーダ」 額賀澪
定価(本体820円+税)文春文庫
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