お金に対する私の課題と、向き合っていく
バンコクで、夫の友人に素敵なイタリアンのお店に連れていっていただきました。
とても美味しかったのに、夫が支払うとき、私は金額にびっくりしました。
夫は、こういうお店だったら、これくらいするでしょう、と想定内でした。
高い、といちいち感じてしまう、私。
そんな自分が自分で嫌になります。
自分自身、お金に対するブロックがあるな、と長い間感じてきました。自覚がしっかりありました。
消費も稼ぐのも、どちらも恐る、恐る、という感じ。
広々とした道を自由に歩く、ではなく、狭い窮屈な道を必死で歩いている感じ。
それを解明すべく、セラピーの学びの中で、私のお金のコンステレーションをしてもらいました。
私とお金、にどういう関係があるのか、上のまた、その上の世代までみていき、分かったことがありました。
それは母方の祖母の、清貧が何より素晴らしい、という生き方でした。
買い物は最低限しかせず、洋裁好きな祖母は何でも手作りし、農家の実家は野菜を作っていたので、早朝から毎日庭の畑に出て、野菜を作る。
お肉を食べることも少なく、質素な食卓。
外食もしなければ、旅行にも一切いかない。
家も古い家を直し続けて長い間、住み続けていました。
贅沢とは無縁の祖母の人生でしたが、亡くなってから、あらゆるところに寄付をしていたのを知りました。
クリスチャンでした。
晩年、きちんと老人ホームに入ったとき、あの貧しさを体現していた祖母の姿は、自らの選択でやっていたのだ、を感じました。
そして、その生き方は、誇りに満ちて、堂々としていました。
母は、その自分の母親のやり方を模倣し、私が小さな頃は節制し、節約するのが当たり前で、同居していた姑、舅にひたすら仕え、でも、私にはあらゆる愚痴を言っていました。
何が祖母と母で違ったのか?
祖母は、心からその生き方がいい、と思い、自己一致し、自分の選択でそうしていました。
が、母は本当はそれをしたくないのに、そうしなければいけない、という呪縛から、行動と言動が一致せず、若き日の母の内部は、混乱と葛藤に満ちていました。
不一致な姿が、私には可哀想な母、助けなければいけない母にうつりました。
私は、その目には見えない母の混乱と葛藤、言っていることと、やっていることの違う母に、矛盾を感じていました。
でも母と同じで自分に自信がないからこそ、私も母の模倣だけはしっかりするので、思春期以降、私の生きづらさは本格的になっていきます。
でも、それは捨てていい。
祖母のもの、母のものであって、私のやり方ではない、をはっきりコンステレーションで感じました。
私は私のやり方を自由に選んでいい。
そして、お金との関わり=人との関わり
人生そのものだ、も感じました。
奇しくも、バンコクで夫の友人・知人と交流し、人と上手く交流している人たちは、お金とも上手く交流している。
お金も人も、良い循環が巡り続けている、を体感して帰国したばかりでした。
今日のコンステレーションで学んだ、気づいたことを、実際に感じとっていたばかりでした。
古い、ものを受け継ぐ、は良いこともありますが、自分にそぐはないものは取り入れなくていい。
誰もが、自分の人生を自分らしくクリエイトしていくために、お金とも人とも豊かに繋がれることを願って書いています。
誰もが、喜びに溢れた、豊かな人生を。
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