「母と伊勢海老」信心と殺生
「僕の昭和スケッチ」画235枚目
ある時、大きな伊勢海老が我が家にやってきた。
客が土産に持って来てくれたもので、「塩茹でにするだけでええでね」と客は言って帰った。昭和30年半ば頃のことだろうか。
客が帰った後でお袋は言われた通り、大鍋に水を張り伊勢海老を入れるとガスに火をつけた。
湯が温まってくると、伊勢海老は苦しいので鍋の中でガタガタと鍋を揺らして飛び出ようとする。お袋は,「そうはさせじ!」と上から力一杯鍋の蓋を抑える。
鍋の中で苦しむ海老を哀れと思ったのか、それとも生きた大海老を殺す自分の罪を思ったのか、、、お袋は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、」と唱えて蓋を押さえていた。お袋は、信心深い人だった。
その有り様が子供心に妙に可笑しく見え、僕はお袋の袖を引いて言った。
「母ちゃん、伊勢海老の奴、何も悪さしとらんに石川五右衛門*やな」と。
お袋は一言答えた。
「海老も可哀想やてな・・・」と。
茹で上がった伊勢海老は客の言った通り至極美味しいものだった(笑)
貧しい時代の事ゆえ、僕は田舎にいる間に伊勢海老を食べたのはこの時一度きりである。