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競馬と家族の絆が織りなす壮大な物語:『ザ・ロイヤルファミリー』を読み解く

「お前に一つだけ伝えておく。絶対に俺を裏切るな」
物語の冒頭、この強烈な一言で始まる早見和真氏の『ザ・ロイヤルファミリー』は、競馬という壮大な舞台を背景に、人間の成長と家族の繋がりを描き出します。これは、競馬を中心にして物語が展開される一方で、そこに絡む登場人物たちのドラマが、家族や人間関係の深みを探る重要な要素となっています。


ストーリー概要:家族と競馬、運命が交差する20年

主人公は、税理士としての仕事にやりがいを感じず、父を亡くしたことで心に空虚さを抱えた栗須栄治(くりす えいじ)。彼は偶然的に馬券を当てたことがきっかけで、人材派遣会社「ロイヤルヒューマン」のカリスマ的社長、山王耕造(さんのう こうぞう)と出会い、その秘書として雇われることになります。山王は競馬に対する熱狂を隠すことなく、自らの馬〈ロイヤル〉で有馬記念という日本最大のレースを制覇することを目指しています。

競馬というテーマは、物語を通じて大きな役割を果たしていますが、もっと深く掘り下げると、この作品は家族の繋がりや絆が軸になっています。馬主とその家族、競馬界に関わる人々が20年にわたり織りなすドラマが、時に静かに、時に激しく展開されます。人生そのものが競馬のように予測できないものだというメッセージが、物語の裏側に流れている。

人間ドラマと競馬のリアルな描写が交錯する

競馬ファンなら必ず魅了されるリアルなレース描写が、この作品の一大魅力です。特に、物語のクライマックスとも言える有馬記念のシーンでは、臨場感が抜群で、あたかもその場で馬が疾走する音が聞こえるかのようです。競馬に詳しい人はもちろん、初心者でも楽しめるように書かれており、競馬特有の専門用語も適切に説明されています。

例えば、競馬の「血統」という概念。この言葉は、競馬において馬の系譜や遺伝的な背景がどれほど重要かを象徴しています。血統は、ただのデータではなく、馬のポテンシャルや性格、さらにはその馬に期待を寄せる人々の夢や希望を反映しています。物語全体を通して、馬の血統が家族の絆を象徴するメタファー(比喩)として用いられていて、競馬の舞台設定が単なる背景ではなく、テーマを補強する重要な役割を果たしている。

一見穏やかな物語展開に潜む力強さ

「あの一言を聞いたら、裏切りや陰謀、そしてドロドロした展開が待っているに違いない!」
そう思う読者もいるでしょう。冒頭の緊張感が高まるフレーズは、劇的な展開を期待させるかもしれませんが、実際の物語はどちらかというと静かなホームドラマです。家族の絆や、人生の中での成長、そして変化を穏やかに描いていくのが、この物語の醍醐味です。ドンデン返しや大きな事件が起きるわけではなく、日常の中でじわじわと成長するキャラクターたちに共感できるでしょう。

「もっと激しい展開を期待していたんだけどな……」と感じる人もいるかもしれません。しかし、この作品の真の魅力は、静かに流れる時間の中で人々がどのように変わり、成長していくかを描き出している点です。人生は常に劇的な変化があるわけではなく、むしろ日常の中にこそ成長や変化が潜んでいるというメッセージが伝わります。

登場人物の成長と葛藤

主人公の栗須栄治は、優柔不断な性格が強調されており、物語を通じて迷いや葛藤を繰り返します。彼が山王耕造の秘書として働く理由がはっきりと描かれていないため、一部の読者には感情移入しにくいと感じるかもしれません。また、彼の恋愛関係も物語の中で煮え切らない形で描かれており、さらに彼の優柔不断さを際立たせています。

このような描写は、日常の中で多くの人が抱える「自分は本当にこれで良いのか?」という問いに共感する部分でもあります。栗須が明確な結論を出さないことで、読者自身がその迷いを感じ、考えさせられるのです。優柔不断なキャラクターが物語に深みを与え、登場人物たちが単純な「善悪」や「成功失敗」の軸ではなく、複雑な感情の中で成長していく様子が描かれています。

時間軸の扱いとその注意点

物語は20年間という長いスパンで進行しますが、その分、時折時間の流れがやや急に感じられる部分があります。数年が一気に飛ばされるシーンがあるため、読者が「今は何年だろう?」と混乱してしまうことも少なくありません。こうした時間の飛躍は、物語にとって必要な要素ではあるものの、ページを戻って確認する作業が生じる可能性があるのが難点です。

それでも、時間が経過する中で登場人物たちが成長し、変化していく様子が丁寧に描かれている点は素晴らしい。人生の流れがいつも予測通りに進むわけではないという現実を、物語の中で巧みに表現していると言えるでしょう。

静かな読後感と余韻

この物語のもう一つの特徴は、読み終えた後の静かな余韻です。競馬ファンならば、競馬シーンの緻密な描写に圧倒され、レースの臨場感に感動するでしょう。特に、有馬記念のレースシーンは、読者の心を掴んで離さない力があります。一方で、競馬の描写を超えた人間関係や家族の物語は、読者にじわじわとした感動を与えます。

「ふーん、こんな終わり方か」と一度は思っても、時間が経つにつれて心に残る部分が増えていく、そんな作品です。この作品は、派手なドラマや劇的な展開を求める読者には向いていないかもしれませんが、人生や家族についてじっくりと考えたい読者にとっては、深い満足感を得られるでしょう。

まとめ:競馬ファンから家族ドラマ好きまで楽しめる一冊

『ザ・ロイヤルファミリー』は、競馬の世界に深く根ざしながらも、家族や人間の成長を描いたエンターテインメント作品です。競馬ファンには、リアルな競馬描写が心に刺さるでしょうし、競馬を知らない読者でも、家族や人生について深く考えさせられる部分が多くあります。この物語は、競馬だけに留まらず、家族の繋がりや人間の成長に関する普遍的なテーマを扱っています。

派手な展開ではないからこそ、日常の中にある静かなドラマを楽しむことができる、そういった作品です。静かに心に残るこの物語は、競馬と家族の深い関係性を描いた、まさに『ザ・ロイヤルファミリー』というタイトルにふさわしい作品と言えるでしょう。

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