ボールのウィルソン(600文字)
むかし、男が無人島に流れ着くだけの映画があった。
漂着物の中にソイツはいた。
残念ながら漂着物の中にライターはなかった。
男は木をこする原始的な方法で火を起こそうと考える。
火起こしの際、手をすべらせ掌をケガして血だらけにしてしまう。
痛みと怒りで近くにあったバレーボールをつかんで血だらけの手で投げた。
落ち着いて投げたボールを見てみると、ハッキリと血の跡がついていた。
ふと何かに気づく男。
布を湿らせ、ハナを書き、目を書き、口を書いた。
そのメーカー製のバレーボールを「ウィルソン」と呼ぶようになる。
それから、ウィルソンは男の話し相手になった。
この生活の中でウィルソンだけが心の支えだった。
筏で無人島を脱出する際もウィルソンは連れて行くことにする。
途中、男が眠っている間にウィルソンは海へ落ちてしまう。
男が目を覚ました時、ウィルソンはいない。
遠くの波間にその姿を見つけ、救助を試みるが失敗に終わる。
ウィルソンとのお別れのシーンはあまりの悲しさに、胸が熱くなった。
ウィルソンを失った男は生きる希望も失いオールを手放す。
その後、男は偶然通りかかった貨物船に救出され文明世界に戻ってくる。
映画のラストの少し前。
男は助手席に新しいバレーボールを置いて、車を運転していた。
数年間ひとり時間が止まっていた男にそのボールだけが寄り添ってくれる。
そのシーンを見て、なんだか救われた気がした。