書のための茶室(六):賃貸マンションの茶室
昌:ということで、今日は鹿持さんのお宅にやって来ました!鹿持さんは裏千家のお茶の先生で、文京茶道同好会という、流派を超えて気軽に参加できるお茶の活動もされています。そんな鹿持さんのお茶室「游鹿庵」を見せていただきましょう。
崇:前回お話したように、今回は「ビルギャラリー:坪庭タイプ」を掘り下げて行こうという話になりましたから、マンション内の茶室、ということで参考にさせてもらえれば、と思っています。
鹿持渉さん(以下、鹿):こんにちは。ようこそいらっしゃいました。
知:今日はありがとうございます。立派なお茶室ですね。
崇:僕は何度かお邪魔したことがあるのですが、改めてこのお茶室のコンセプトから教えていただけますか?
光の使い方
鹿:コンセプトというほどではないかも知れませんが、光をどう使うか、ということは非常に考えましたね。今日も、昼間の光が入る状態と、だんだんと陽が落ちてくる様子、そして陽が落ちた後を見ていただきたくて、この夕方の時間にお越しいただいたんです。
昔はもちろん電気なんてなかったわけですから、利休の頃から数百年は暗かったんです。冬はろうそくの光。お道具を見る時に、障子越しのやわらかい光で見ていただけるようにと意識しました。今日使っている風炉先屏風に金が貼られているのも、少しの光を跳ね返して、お道具がきれいに見えるように、と考えられているんです。だからもともと、照明を入れないでやっていこうと思っていました。
ですが、僕の生徒さんはお仕事帰りにいらっしゃる方も多く、夜になるとお稽古に支障が出てしまいます。それでも上からの光は嫌だったので、壁の下にLEDテープを入れて、照らせるようにしました。
知:横からの間接照明が、ほどよく手元を照らしてくれそうですね。
賃貸マンションの茶室
崇:ここ、賃貸マンションなんですよね。
鹿:そうです。なのでこの茶室は、壁に釘を一切打たずに作っています。
昌:窓はどうなっているんだろう。はめ殺し?
鹿:これ、実はぱかっと外せるんです。
昌:本当だ!そしてその外に、もともとの窓があるんですね。
崇:ここはどんな建築家さんにお願いしたんですか?
鹿:2015年にね、「週刊茶室」っていうのが創刊されたんですよ。
昌:何それ面白そう。
鹿:創刊号、「付録は床柱!」みたいな。
崇:本当・・(とスマホで調べる)?あ、本当だ・・。サイトでも紹介されていますね。
鹿:毎号、柱、壁、天井、畳、室内装飾などの部材が届き、組み立てていくことで、約1年で待庵が完成するんです。それで、これを考えた人は誰だ、ということで企画された株式会社studio仕組さんをご紹介いただいて、そのままうちの茶室も設計・施工をお願いしました。
株式会社studio仕組さんは、河内晋平さんという方が代表で、お父さんの河内國平さんは鎌倉時代の技巧を現代に復興させた刀工なんです。ご長男さんも刀工をされているそうなんですが、弟の晋平さんは日本刀の販売や日本の文化財保護、ものづくりや企画をされています。
畳はもともとお付き合いのあった、柳井畳店さんにお願いしました。
床
では床からご説明しましょう。
床柱は、河内さんと一緒に木場の銘木市の競りに行って手に入れたものです。現代っぽさを出したいということで、北山杉の面皮付きにしました。床框も同じ北山杉です。
花釘の位置を決めるのには、2時間悩みました。これ、決まりはないんです。一度穴を開けたら取り返しがつきませんから、最後は思い切って決めるしかありません。お客さまが座った時の目線を考えて、腹括って決めました。
そして、床框。これも、どちら側を根っこにするか、決めなきゃいけません。どうやって決めたか分かりますか?
知:えっと方陽があるのと逆の・・西根っこ!
昌:釜がある方と逆が根っこ!
鹿:元気なご回答、ありがとうございます。実を言うとこれもうちの流儀では正解はないみたいで、茶室の主人の好みで決めるだけなんです。
昌:そうなんだー。
鹿:こうやって自分で悩みながら作ってみると、自分が招かれてお茶室に伺った際、そういった場所に目が行くようになります。そしてどういう意図で決めたのか、ということにも思いが至るようになるんです。
昌:確かに、これまで花釘の位置を気にしたことはなかったなあ。
知:今日かけていただいたお軸は・・?
鹿:ここは都心の閑居でもある、という意味を込めて、「閑居」をかけさせていただきました。。僕が19歳でお茶を始めた時の最初の先生、大野宗恵先生の書です。その頃にもう、80歳を超えていたような大師匠です。
知:気負いのなく素直でのびのびとした、気持ちのよい字ですね。
炉
崇:ちゃんと釣り釜もできるようになっているんですね。
鹿:炭を使って茶会や稽古ができることは重要だったので、蛭釘(ひるくぎ)も付けました。
鹿:蛭釘は打ち込む釘の方を中心にして付けてしまうと、炉の真ん中から釜がずれてしまうんですよ。たまにお茶のことを知らない人が設計してしまうと、取返しが付かないことになると聞いたことがあります。
また、流派によって釣り釜の蛭釘の向きは違って、裏千家は亭主から見て、利き手側に向くようになっています。表千家さんとは逆になってることが多いように思います。お侍さんの流儀はまた違っていると思いますね。こんなあたりもお茶室に伺う時に、つい目が行ってしまいます。
昌:今後他のお茶室に伺った時に、注意して見てみます。
知:釣り釜って、お茶をしない人からすると不思議に思えるんですけれど、どういった由来があるんですか?
鹿:昔は囲炉裏に鍋を吊るして煮炊きしていたでしょう。あそこからですよ。なので、茶飯釜といって、ここで茶懐石のお米を炊くやり方もあります。
知:そうだったんですね。
鹿:せっかくなので釣ってみましょうか(と畳を外す)
昌:畳ごと変えるんですね。
鹿:最近は、風炉の季節も炉畳を置いているお茶室も多いんですけれど、風炉と炉の境目の季節は別として、畳ごと変えるのがやっぱりいいと思うんですよね。
昌:畳の下が収納になっているんですね。
鹿:そうなんです。お道具の収納場所も兼ねているんです。
昌:効率的~。
鹿:先ほど、ここでご飯も炊くと言いましたけど、鎖の長さを変えることで火加減を調整できるんですね。この茶室を作った時、炉の時期にちゃんと炭を使いたかったんです。ですからまず探したのは、できる限り浅い炉壇でした。
崇:浅ければ浅いほど、底上げする床の高さを低くできますものね。その分、天井高も稼げる。
鹿:そうなんです。それで、探してきた浅い炉壇を家具メーカーに送って、炉を作ったんです。
知:陽が落ちて、だんだんと光が変わってきましたね。こうして光の具合で時間を感じられるのは、いいですね。
お茶を一服
鹿:ではこの辺りでお茶を一服、差し上げましょう。
昌:わぁい!ありがとうございます!
鹿:今日のお菓子は鶴屋吉信の「華華火(はなはなび)」です。お茶は福寿園「青仁の白」。裏千家 坐忘斎宗匠御好のものです。
知:花火の模様が美しいですね。
知:この場所から見ると、お道具がきれいに見える光にしたかった、とおっしゃった意味がよく分かります。
鹿:そうなんです。利休の頃はお茶碗の中も見えづらいくらいの明るさなんです。
知:賃貸マンションの制限の中で、色々な工夫をしながら現代的な空間を作ってらっしゃることが良く理解できました。
鹿:お正月の結び柳用の柳釘もさぼったし、天井ももっと凝れたかな、と作ってみると色々と考えることもあります。家は3回建ててやっと満足するといいますが、茶室もそうなのかも知れません。ここは僕にとって2つめの茶室なので、次はもっとよくできるかな、などと考えています。
昌:次の茶室も、楽しみですね!
鹿持さん、今日は本当にありがとうございました!
・・この後も陽が落ちるまで、茶室談義は続きました・・
~今回のゲスト~
鹿持 渉(かじ わたる)
裏千家茶道準教授。茶名宗優。
大学在学中に裏千家茶道入門。大野宗恵氏、佐藤宗恂氏に師事。
文京区本郷にて稽古場、游鹿庵を運営。
弟子の指導、大学の茶道部の指導の傍ら、 企業や中学高校へのセミナー活動を行い、茶道の普及発展につとめる。
カメラマン:一ノ瀬 徹(いちのせ とおる)
クラシック音楽、現代アート、日本文化と幅広い芸術分野に興味を持つ教養人。キョロちゃん収集家(1995年製のぜんまい式に限る)。見る、聴くだけでなく、自らも精力的に手を動かし体験するスタイル。中でもカメラの腕はプロ級で、ステイホーム以降、その被写体が人から猫や鳥にシフトし、愛称が「いせとるさん」から「いせとりさん」に変わった。人と人とをつなぐ優しい人柄と礼儀正しさで、周囲の人々に愛されている。
(※出張中で対応できなかった山平敦史に代わり、今日の写真を撮っていただきました。ありがとうございました!)
~いつもの人たち~
三尋木 崇(みひろぎ たかし)
「五感を刺激する空間」をテーマに、建築と茶の湯で得た経験を基に多様な専門家と共同しながら、「場所・時間・環境」を観察し、“そこに”根ざした人、モノ、思想、風習を材料に“感じる空間体験”を作り出す。 普段は海外の大型建築計画を仕事としているため、日本を意識する機会が多く、そこから日本の文化に意識が向き、建築と茶の湯を足掛かりに自然観を持った空間を発信したいと思うようになり、活動を開始した。 2009年ツリーハウスの制作に関わり、2011年細川三斎流のお茶を学び始めてから、野点のインスタレーションを各地で行う。 ツリーハウスやタイニーハウスといった小さな空間の制作やWSへの参加を通して、茶室との共通性や空間体験・制作のノウハウを蓄積している。
日本料理「ときわ」さんの栗のきんとんは、今年一番の衝撃。懐石とともにご褒美に食べてほしい。 https://www.tokiwa-nishiazabu.jp/
根本 知(ねもと さとし)
かな文字を専門とする書家。本阿弥光悦の研究者でもある。2021年2月、「書の風流 ー 近代藝術家の美学 ー」を上梓。
ついついお酒やチョコを食べすぎてしまう私は、リンツのチョコレート「マール・ド・シャンパーニュ」を一つ口に入れることで理性を保つようにしています。
山平 昌子(やまひら まさこ)
茶道を始めたばかりの会社員。「ひとうたの茶席」発起人。
今年も東松原「千寿」の、和栗のモンブランの季節が始まりました!ラム酒が入った洋栗のモンブランが苦手な方に強く勧めたい!
(文:山平昌子 写真:一ノ瀬徹)
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