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真夏の夜の夢 夕食は、太いソーセージ1本入りのスープだけ

昔、国内の音楽団体の海外演奏旅行に同行する仕事をしていました。ウィーンを中心に欧州都市を2〜3週間ほどのスケジュールで回る旅程と演奏会を総合的に管理するマネージャー役です。といっても、一人で旅行の添乗員、現地スタッフとの交渉、主催者のご機嫌伺い、団体のお偉方・引率父兄たちのお守り、等々に追われるコーディネーターという名のいわば雑用係でした。

それでも、その仕事が意外に苦痛でなかったのは、団員の高校生や大学生など若人と過ごす旅が楽しかったからです。私も学生時代に音楽活動をしていたので、なんだか、自分が彼らのOBみたいな感覚で接することができたからでした。

その彼らとの旅行の中で、忘れられない出来事があります。

オーストリアのザルツブルクからドイツのケルンへの長い距離をバスで移動し、宿舎に到着しました。学生の演奏旅行なので経費節減のためホテルでなく、宿舎はユースホステルです。夕方到着し、その後短時間でしたが各自自由行動で町を散策しました。

夜、ユースホステルで夕食時間になり一同集まりました。比較的広い食堂のテーブルに、金属製の器が配置されています。給仕係の人がやってきて、鍋からひしゃくで器にスープを注ぎます。スープには、ぶっといソーセージ、いわゆるドイツ風フランクフルト風太いソーセージを一本入れてくれます。

おお!スープにしては豪勢じゃないか、と私は思いました。

スープもソーセージも旨い!
次は何が出てくるんだろう、とみなワクワクしながら待ちました。でも、何も出てきません。厨房も人の動きがないし、実に静かなもんです。

宿舎のフロントへ行き、食事のことを尋ねました。すると彼は、

「今夜の夕食はあれだけです。」

「え?スープだけで終わりって、メイン料理は? せめてパンとかないんですか?」

彼は困った顔をして、奥から袋入りの食パン一斤を持ってきました。
ええ〜。こっちは合唱団員50人いるのに…。

フロントの彼は、私が何を困っているのか全く理解できないようでした。予約の記録に詳しいメニューの記載はなく単純に「食事」とだけ表記されています。

ドイツの夕食は、きわめて質素とは聞いていました。

ということは、スープにソーセージだけで、ごく当たり前の夕食だったということでしょうか?

合唱団の皆には、夕食は他に何も出ないことを伝えましたが、ため息交じりで三々五々散っていくメンバーたちを見て、なんとも言えない気持ちになりました。

その後、私はドイツやオーストリアの夕食についてあらためて調べてみました。

確かに、一般的に夜は軽食で済ますらしく、ハム、チーズ、果物などとパンのみ。火を使わないため、準備も楽。ときにはスープが加わるようですが、いずれにしても日本人が想像する欧米風のディナー(コース料理)とは真逆です。

ですが……

その後も、音楽団体の演奏旅行で欧州を回りましたが、あの夜出会ったソーセージ入りのスープのみの夕食に出くわすことはありませんでした。

あれは真夏の夜の夢だったのかも、と、遠い目で昔を振り返ります。

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