私のおじいちゃん
【昆虫エッセイ】
ここ数ヶ月間ほど虫の顔を正面からじっくりと観察し、『こんな顔してたんだ!』と驚きをもって虫たちと対面したことはなかった。
どの虫も、どこか珍妙で一風変わった表情をしており、『一体誰がこの虫たちをデザインしたんだろう』と空想せずにはいられないほど愛らしく、独創的な顔つきをしている。
ひと目見て、心を奪われてしまったのは、ハエトリグモ のおじいちゃん顔。
ハエトリグモの“証明写真”を初めてまじまじと見たのは、昆虫写真を検索するようになった最近のことだ。
主眼2つに、複眼が左右3つずつの6つ。
合計8つもの眼を持っている。
視力が発達しているため、巣を張らずに目で見て飛びついてエサの虫を捕まえることができる、動体視力・運動能力の高い、アスリートグモと言える。
写真では見たことがあったが、生おじいちゃんと対面したのは、このときが初めてだった。
葉に乗る黒とグレーのシックな虫を見つけ、顔を覗き込んでみると、そこにはおじいちゃんがいた。
職業柄、高齢者の方と接する機会が多く、自分で言うのも気が引けるが、私はおじいちゃんからモテるタイプだ。
性別・世代別に考えると、高齢の男性が最も接しやすく、打ち解けやすく、私のお馬鹿な自然体を見せられる対象だった、というのもモテた秘訣なのかもしれない。
しかしこれは昔噺なので、今はわからない。
ただ、腕に覚えはあったので、自信たっぷりにおじいちゃんグモに近づいた。
『素敵なおヒゲですね!何をしてるんですか?』
…一瞬でそっぽを向かれた。
おじいちゃんなのに、やけに目がいいな。
やはり、もうモテ期は過ぎてしまったのか。
また顔を覗き込んでみる。
すると今度はあっちを向く。
『恥ずかしがってるおじいちゃんも、可愛いと思います♡』
しばらくの間お尻を眺めて見守っていると、おじいちゃんは手を口に当て、おじおじハニカミながら何か考える素振りを見せたあと、ようやくこちらを向いてくれた。
動画を載せられないのが非常に悔しい。
なかなか目が合わなかったが、しばらくじっと見つめると、真ん中の2つの目で私の顔を真っ直ぐに見つめ返してくれた。
至福。
キュン死。
それも秒殺。
久々に胸が高鳴った瞬間だった。
触れずにはいられなくて、よせばいいのに手に乗せてみた。
私はすっかり、彼がおじいちゃんながらアスリートだということを忘れていたのだ。
…一瞬で飛んでった。