勝手に泣くのは構わないが、この灰にそれは必要ない。

昨日は眠かったから早く寝るんだと息巻いていたのに、遅くまで起きていた。深夜見たかった番組を見るか迷った挙句、我慢できずに見始めたのが悪かった。見逃し配信で未公開シーンも公開されていて、それまで見てしまった。つまり本編は2回見た。もうこの時点ですっかり深夜だった。大笑いのせいで脳は覚醒してしまって、もう眠れない。

しばらく退屈な映像を見ていた。肝心なことは言わないままで、需要と供給が見合っていない話だった。誰かが公開した動画を私たちが見ているのだから、別に見る人のことなんて考えなくて良いんだけど、なんとなく嫌だった。

少し前の悲しい事実の、悲しい部分を履き違えて感情を揺らしていた。発端よりずっと後の部分で燃えた紙に思いを馳せていて、単純に不快だった。本質なんて見ようとしないんだ。自分だって見えてなどいないけれど、印象的なことはその奥を見たいから覗くし、見えなくても覗こうとする。そのくらいもしないで燃え切った灰を涙で濡らしていくんだ。そんな感性つまらないし、灰が固まっていくだけで何の解決にもならない。息で吹き飛ばせと言ってるわけじゃないけれど、自分なら息で吹き飛ばされる方が良い。でももっとシンプルに考えれば、もう灰になる紙が生まれないために出来ることが見えてくるだろう。

昨日は久しぶりに映画を見た。初めは勢いがあって鮮やかで興奮したのに、終盤は全ての問題が綺麗にまとまってしまって全部嘘に見えた。せっかく本物だと信じ込んでいたのに、その麻痺はエンドロールまで持たなかった。

でも寝がけに見た動画よりは随分面白かった。

朝になる前に寝たけれど朝目覚めて、しばらく起きていた。送られてきた曲を聞いたり、それを弾いたりしていた。昼前にまた寝て夕方になった。空を一度も見ずに今日が終わりそうな気配が漂っている。

起床してそのまま風呂に入った。もう今日は終わった。

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