今にも泣き出しそうな悔しい顔を見て、こっちまで泣きそうになった朝。

忘れたくないことや気持ちが多すぎてもう新しい出来事を迎えたくない。そんな気持ちになった。

どんなに嬉しいことや悔しいことがあっても、本人以外は誰かの過去であるから古くなっていく。過去は綺麗になっていくけれど、その周りにいた人たちや、遠く遠く離れたところにいた自分なんかはその過去にさえ入れない。

そうやって社会の中では薄れていって、この気持ちや出来事は忘れられていくだろう。また新しい出来事が起きて、また新しい気持ちになって、それを忘れたくないとか思って、でも結局薄れていく、の繰り返しで人生は構成されている。そんなに寂しいのにどうしてまだ続きを見てしまうのだろう。

本だって読み進めていくと前のページの言葉や内容を忘れていく。本だったら終わりが見えていて、クライマックスも分かるから忘れることはないのに、生きているとそうはいかない。

昨日あった彼の過去を自分の未来で起こしたい。同じような気持ちを自分の過去にしたい。

どれだけ謙虚でいても、やっぱり結果にこだわっていたことがよく分かった。誰もいなかったら泣き出しそうな顔をしていた。

小学生の頃、言いくるめられて逃げ場のなくなったあの子のような表情だった。筋肉が硬くなって、柔らかさを失った顔。どうしようかと焦っている顔。悲しいというより怒りの顔なのに目がいつもより濡れていた。

あれは本気のときに見せる顔なんだと今知って、納得した。

こんなに泣きそうなのは、怖いからでも助けて欲しいからでもなくて、本気でやったのに上手くいかなくて悔しくて堪らないからだった。

大人のその顔は初めて見たかもしれない。それだけ、周りも見えないほどに真剣だったことが本当に伝わってきた。

いつもより明るく振る舞うところが、不自然で、それが一層、悔しさの輪郭ををかたどっていた。帰ったらたくさん泣いたかもしれない。誰にも信じられないくらい本気だったから、誰にも知られないように涙を流したかもしれない。

そんな表情を見て、こっちまで泣きそうになってしまった。


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