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掌編小説💛自分を大切にできない💛あなたへ

🔷あらすじ

鬱を患う紫苑(しおん)、鬱急性期のつらい時期は脱しましたが、病気は一進一退で、元気になれない毎日を送っています。「鬱はもう治らないのではないか……」という不安を抱く紫苑は、医師やカウンセラーから「もっと自分を大切にしてあげて」と言われても。「自分を大切にする」とは、どういうことなのかが、わからないのでした……。

🔷こんなあなたに
「自分を大切にする」わかっているようで、実はわかっていなかったりしますよね。あなたはどうですか? 自分を大切にできていますか? この掌編小説の主人公:紫苑さんと一緒に、「自分を大切にする」とはどういうことなのかを考えてみませんか?

※この掌編小説は2,000字弱、4分ほどで読めます



掌編小説 『自分を大切にできないあなたへ』


自分を大切にできないあなたへ


(1)
 
メンタルクリニックでカウンセリングを受けていると、美人のカウンセラーが紫苑(しおん)に言った。
 
「もっと自分を大切にしてあげてね」
 
黙って聞いていたが、「もっと自分を大切にしてあげて」と言われても、正直なところ紫苑には「自分を大切にする」とは、どう言うことなのかわからなかった。
 
―どうせ、この人にもわかってもらえないー
 
そう思うと、急に気分が落ちてきた。メンタルクリニックの処方箋を持って薬局に行き、逃げるようにタクシーに乗って家に帰った。バスに乗る元気がなかったからだ。
 
自宅に着くとすぐにパジャマに着替えて、ベッドに潜り込んだ。気分が落ちていた。体もだるくて、何をする気にもなれなかったのだ。
 
紫苑が鬱を患って四年経った。急性期の辛い症状は脱したけれど、すっきりできずに病気は一進一退を繰り返していた。
 
考えてみるとメンタルクリニックの診察日以外、紫苑は一日中パジャマを着てベッドでゴロゴロ過ごしていた。気持ちが落ち込んで、体がだるく、何をする気にもなれないのだ。
 
睡眠のリズムも失って、人が寝ている時間に起きて、人が起き出す時間に眠る昼夜逆転の生活に陥っていた。
 
不潔だと嫌厭されるだろうが、鬱で気分が落ち込んで体がだるい時は、しんどくて億劫で、何日もお風呂に入れなかった。身なりを気にする意欲もなく、髪はザンバラ、肌はガサガサだった。
 
 
(2)
 
そんなある日、めずらしく紫苑はいつもより早く起きることができたのだ。なんとか「朝」と呼べる時間だった。いつも紫苑がやっとの思いで起きるのは、午後の三時頃だったので、たまたまでも「朝」と呼べる時間に起きられたことが、とてもうれしかった。
 
そこで、洗面所に行って、顔を丁寧に洗った。水の感触が気持ち良くて、スッキリしたのだ。タオルで顔を拭き、鏡を見ると、いつもとは違う、爽やかな表情をした自分が映っていた。紫苑が鏡でじっくり自分の顔を見るのは久しぶりだった。
 
このスッキリした気分をこのままにするのは、もったいないので、肌の手入れをしてみる気になった。と言ってもコットンを使って丁寧に化粧水や乳液をつけただけだったのだが。
 
意外にも、肌がしっとりしたようでうれしくなった。思い切ってバサバサの髪もブラッシングして、ハーフアップに束ねてみた。
 
髪を束ねると、顔が少し寂しく感じたので、メイクもする気になった。ファンデーションを薄く塗って、眉を描き、口紅をつけると、目に光が出たのだ。
 
たまに午前中、ベッドで目覚めることもあったが、大抵は起きられず、ダラダラと午後まで寝てしまう紫苑にとって、午前中に洗面を終えて、メイクまでできたことが、とてもとてもうれしかった。
 
パジャマ姿では、もったいないので、お気に入りのワンピースを着てみる気にもなったのだった。
 
ワンピースに着替えると、いつも気分が落ちて、体が重いことが、ウソのように気持ちが良くて、身も心も軽かった。
 
その上、天気も良く外は明るい。いつもは人に会うことが怖くて、玄関先にゴミを出すのすらイヤなのに、外に出てみる気になったのだ!本当に不思議だ!
 
外に出ると、いつもは軽く目礼するだけの隣のおじさんが言った。
「紫苑さん、オシャレしてお出かけですか?」
 
バス停でバスを待っていると、知らない女の人が声をかけてくれた。
「そこは日差しが強いわよ。待合室で待つといいわ」
 
幸いなことに、バスに乗ってもしんどくならなかった。
 
前から一度行ってみたかった美味しいと評判のパン屋さんに行って、噂のミニクロワッサンを買った。おにいさんがニッコリ笑って、ミニクロワッサンを一つおまけしてくれた。
 
 
(3)
 
いつも簡単に気分が落ちて、明るい気分になれない紫苑は思った。
 
―ちょっとしたキッカケで、落ちた気分を軽くしてあげることができるんだ
―もう治らないと諦めている鬱も、こんなふうに自分を大切にしていると、少しずつ良くなるかも知れない
 
自分の肌や髪や体をいたわってあげる。自分の好きな衣服で自分を飾ってあげる。自分の好きな物を買ってあげる。自分の行きたいところへ自分を連れて行ってあげる。
 
―気分が落ちてきた時にこそ、自分を大切にしてあげよう
 
気分が落ちてきた時、今まではどうしようもなくて、寝ることに逃げていた紫苑は、大切なことに気づいたのだった。
 
紫苑は、ミニクロワッサンを一つ取り出して食べた。とても美味しかった。
 
きれいにメイクして、お気に入りのワンピースを着て、自分を大切に思い始めた紫苑の笑顔は、とても明るくチャーミングに輝いていた。
 
 
                      

<完>



心の制限を外し夢を叶える★作家&セラピスト:村川久夢


🔷作者:村川久夢はこんな人


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