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悪魔のささやきから救ってくれたのは……

いてててててて。
朝起きると、
背中がギシギシ、タテに凝っていた。
腰はヨコに固まっていた。

たくみくんがいなければ、この痛みはなかったはず……。

たくみくんはいま、ちょっと休んでいる。
ひと目でなんだかそれとわかった。
たくみくんは部屋着のジャージの上下のまま、
1時間2時間黙々と田んぼの草取り作業をしている。

昨日はその前の日とうってかわって、
田んぼがびっしりと雑草で覆われていた。

土曜日にやった秋田たそがれ農育園の田んぼは、
前月にていねいに(それなりに)草取りをしたのと、
不耕起栽培でやってる田んぼの状態がよかったことで、
雑草がほぼ生えてなかった。

昨日日曜日は茨城の秋庭農園。
大隈塾で使わせてもらっている田んぼは、
同じく先月に草取りをしたが、
田んぼが1反と大きく、部分的にしか草取りができなかった。
なので、そのとき草取りをした場所はキレイに草が生えてない。
それが全体のだいたい1/3。
ということは、2/3は雑草パラダイスで、
農園主のサトルさんとヘルプできてくれたたくみくんと、
3人でパラダイスを消滅させないといけない。

稲は膝を越す高さまで育っている。
だから、腰をかがめ片手で稲をよけてもう片方の手で地上に出ている雑草を引き抜き、地表に張っている根をひっかき切る。

顔にチクチク稲が刺さる

容易なこっちゃなかった。
一反は991.7平方メートルだから、
だいたい20メートル×50メートル、
テニスコートが5面、小学校の体育館2つ分の広さ。
その2/3を、3人で。
(参考:https://magazine.sbiaruhi.co.jp/0000-4437/

草を抜けば、二度と生えてこないことは前例によってわかった。
なので、ここで頑張れば、秋の稲刈りでの収穫量が多くなる。
雑草といっしょに成長した稲は、その分だけ取り込んだ養分が少なくなるから、
茎が細く、実も少ない。

わかっているけど、だんだん辛くなる。
2時間やってもまだ終わらない。
あと2時間は軽くかかりそうだ。
休憩を入れながら、そう思っていたところに、
サトルさんから、「ここで止めて、残りは除草剤まきますか?」
ときた。
(除草剤、ああ、それもありだな。)
悪魔のささやきである。
でもここまで農薬なしでやってきたのに、
除草剤を受け入れるのか……。
(そうしましょうよ)
悪のわたしがささやく。

(いやダメだ)
(でももうキツすぎる)
善のわたしは、サトルさんにいった。
「今日はここまで。明日また来て続きをやりましょう」

たぶん、サトルさんにはそんな時間はない。
ほかの農作業が山ほどある。
たぶん、わたしにもそんな時間はない。
やんなきゃいけないことが山ほどある。

そのとき、わたしとサトルさんは休憩を入れていたが、
たくみくんは黙々と作業を続けていた。
それの様子を、わたしもサトルさんも見ていて、
「やんなきゃ」
と思った。
そして、田んぼに戻った。

もしたくみくんがいなかったら、
いま目の前のつらい仕事から逃げていた。
目の前のややこしい仕事を先送りしていた。
そして、その先どうなるかわからなかった。

30分刻みで休憩をいれることにして、
さらに2時間。
最後は手の握力がなくなり、顔は稲との接触でヒリヒリ、
腰と背中はいわくいいがたくガチガチになっていた。

1反の2/3、テニスコートの3面分。
やりきった達成感と、翌日の身体のきしみは、
たくみくんがいなければなかっただろう。
たくみくんに別れ際にそういうと、
「お役に立ててうれしです」
と初めて表情をやわらかくした。

だろう、じゃなくて、絶対にそうだった。