ラグビースタジアムにはバイオリン
14:00にキックオフのタクトが振られ、
ウノスタにバイオリンはじめ弦楽器の音色が響き渡った。
佐渡裕さんとスーパーキッズ・オーケストラ(SKO)は8月7日、
釜石鵜住居復興スタジアム(ウノスタ)で鎮魂のミニコンサートを開いた。
6日朝6:00のフライトで伊丹空港を出発。
花巻空港到着後、バスで吉里吉里にある吉祥寺に。
吉祥寺でお昼のお弁当を黙食して、
最初のミニコンサート。
釜石に宿泊して、翌7日朝は宝来館での2回目のライブ。
宝来館の食事処をステージに、
目の前の海に向かって黙祷を捧げたのち、
盛岡市出身のメンバーが「ダニーボーイ」を独奏した。
戦地へ赴く息子を見送る父母の悲しみと、
息子へのこれ以上ない愛情のせた「ダニーボーイ」のメロディに、
作詞家のなかにし礼は日本語の歌詞をつけた。
おおダニーボーイ、いとしきわが子よ
いずこに今日は眠る
戦(いくさ)に疲れた身体を
休めるすべはあるか
お前に心を痛めて 眠れぬ夜を過ごす老いたるこの母の胸に
おおダニーボーイ、おおダニーボーイ 帰れよ
宝来館の目の前の海には、
その地域(鵜住居)の人たちが多く眠っているかもしれない。
まだ行方がわからない人たちが、たくさんいるからだ。
親を亡くした人たち、娘を亡くした人たちが、
海に向かって奏でられる「ダニーボーイ」にのせて、祈りを捧げていた。
そして、ラストのミニコンサートはウノスタ。
佐渡裕さんとスーパーキッズ・オーケストラは、
2011年8月9日に最初に釜石にやってきて、
宝来館前の松林で鎮魂の演奏をした。
それから10年。
「10年目には、スタジアムで演りたいね」
2011年の8月に、佐渡さんは宝来館のおかみさんにいった。
すでに2019年には日本でラグビーワールドカップが行われることは決まっていたが、
どことどことどこで試合をするか。開催地域はまだ未定だった。
未定どころか、公募もかかっていなかった。
そのとき釜石には、
ラグビーから復興の勇気を得たい、という人たちよりも、
バカなことをいうな、ラグビーより生活が先だ、
という人たちのほうが、圧倒的に多かった。
しかし、おかみさんたちは、
「ラグビーから勇気を」から一歩たりとも後ろに下がらなかった。
そして2019年、ラグビーワールドカップの試合がウノスタで行われ、
2021年、SKOのミニコンサートがウノスタで実現した。
2020年はコロナで中止になったけれども、
2021年まで10年間、佐渡裕さんとSKOは釜石に通い続けてくれた。
2011年に宝来館の松林でSKOの演奏を聴いた小学生が、
10年経って、その場所で「ダニーボーイ」を独奏した。
10年間続いたのは、佐渡さんとSKOを支えるスタッフのおかげだ。
全国から集ってきて、オーディションで選ばれた子どもたちを
練習や合宿や演奏会のスケジュールをたて、
合宿や遠征にかかる費用を集め、
楽器のスキルはもちろん、子どもたちを人間味のある演奏者に育てるのは、
スタッフたちの役割だ。
スタッフが10年同じメンバーで仕事を続けてこれたのは、
佐渡裕さんの情熱にほかならない。
その情熱の真ん中に、阪神淡路大震災がある。
阪神淡路大震災で全国から助けてもらった、その恩返しに、
という強い思いがある。
SKOの演奏を指揮するコンダクターの佐渡さんを見ながら、
これは組織開発とか人材育成とかにダイレクトにつながる、
組織開発とか人材育成とかをアートを通じてつながっている、
ホントのリーダーシップを学ぶチャンスをもらっていたことに、
わたしは気がついたのであった。
(嗚呼わたしはいままで、何を見ていたんだろう……)
【追記】このときの曲目を教えてもらったので(2021年8月26日追)
①ホルスト:セントポール組曲より第1楽章
②モリコーネ(池田明子編曲):ニューシネマパラダイス
③メイヤー(池田明子編曲):アパラチアン・ジャーニー
④メンバーソロ・垣内響太 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番 ラルゴ
⑤スペイン民謡(池田明子編曲):幸せなら手をたたこう
⑥岡野貞一:ふるさと
⑦レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリアより第4楽章「パッサカリア」
⑧アンダーソン:フィドル・ファドル
⑨ウィーラン:リバーダンス