フラットホワイトとわたし
あの街に行くまで、私はコーヒーが飲めませんでした。
コーヒーですか、紅茶ですか、と聞かれたら、いつもミルクティーを選んでいました。
留学先に選んだニュージーランドのウェリントンという街は、そんな私には不釣り合いな「世界8大コーヒー都市」のひとつだったのです。
郷に入っては郷に従え。そうはいっても今まで飲めなかったものが急に飲めるようになるわけではなく、私はカフェに行ってもやたらと甘いスムージーを飲む生活を送っていました。
とはいえ、8ヶ月もその場所で過ごすのです。そして、とてもメジャーな留学先とは言えないこの街を選んだ留学生たちは、カフェやコーヒーを楽しむ学生が多かったように思います。友人たちとカフェに行く機会も多く、私の生活の中に徐々にコーヒーが浸透してきました。
フラットホワイト
フラットホワイトというコーヒーを知っていますか。
オーストラリアとニュージーランドでポピュラーなオセアニア地域発祥のコーヒーで、日本ではまだあまり馴染みがないかもしれません。
エスプレッソとミルクから作られるコーヒーで、普通よりきめ細かく泡立てられたミルクを使っているそうです。甘くはないですが、きちんと珈琲の味を楽しめる割に飲みやすいと感じました。
私は全くコーヒーに詳しくないのですが、なんでみんなカフェで一杯のコーヒーを飲みたくなるのか、その気持ちはわかるようになった気がします。
飲めないコーヒーを、すこしずつ
コーヒーあんまり飲まないんだよね。
そう言うと、留学先では一様に驚かれ、その後すこしだけ悲しそうな顔をされました。コーヒーを愛している人たちを、すこしだけ傷つけてしまったようで私まで申し訳ない気持ちになっていたのを覚えています。
そんな顔をさせていても盛り上がらないな、と思ったことと、飲まず嫌いではもったいないな、と思わせるほど素敵なカフェがたくさんあったこと、これが私が徐々にコーヒーを飲み始めた理由でした。
思い出とコーヒーと
豆からひいてコーヒーを淹れてくれる友人や、朝起きた時の一杯をくれる人。
思い出と時間とに寄り添ってくれた、私には少し苦いコーヒー。
レポートの提出前の深夜、図書館で勉強していた日にもコーヒーがありました。ブラックコーヒーのカフェインは私には強すぎて、起きているための一杯なのにお腹が痛くてレポートどころではなくなった夜もありました。
授業終わりの昼下がり、いい場所があるからと連れて行ってもらった隠れ家のようなカフェ。お酒のある場所とはまた違う、落ち着いた親密な空気感。甘すぎるチョコレートケーキとは、少し苦いコーヒーがちょうどよかった。
バーで飲んだ後に、酔い醒ましに行った深夜1時のカフェ。フランクな店員さんは自分もコーヒーを飲みながら気軽な接客をしてくれます。夜は寝静まる街で、一軒だけあいているこのカフェは不思議な空気でした。私はそこではモカを頼むと決めています。そうでないと、眠れなくなってしまいますから。
いつかまた、訪れたい
ウェリントンは、また訪れたいところです。
あの環境が、周りの人たちが、私を大きく変えてくれたと思っています。
そして、観光地ではなくその場所の空気感を楽しむ旅をする人にはおすすめしたい場所でもあります。
本当は、旅するのではなく、住んでみてほしい街なのですが。
私は今では、週に1杯はコーヒーを飲みます。
まだまだ味を語れるほどではないけれど、その香りはとても私を幸せにするし、ふと1杯の温かさが恋しくなるのです。
これぞ、嗜好品の楽しみ方。私とコーヒーとあの街の思い出。