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だれかの旅行プランで、いつもとちがう自分に出会うひとり旅

ベトナムから帰国するフライトが、日本にいる台風でキャンセルになった。「あなたのフライトは無くなったよ〜」みたいな、友達のチャットのようなメールが海外の航空会社から届く。私はその軽さに半分衝撃を受けて、でももう半分では旅が延長することを楽しんでいたと思う。

まだ学生だった頃、日本に帰らなくてはいけない理由はなかった。ベトナムからタイに行く友人と分かれて、ひょんなことから初めての海外一人旅が始まったというわけだ。突然とったホテルと航空券に胸が高鳴り始めている。適当にインスタグラムで台湾のおすすめを募り、頼りにしている友人にだけはDMで、おすすめを聞いてみる。

______何やらわからない言葉が飛び交う厨房。斜め向かいの席にはガタイのいいおじさんが相席していて、テーブルの上の醤油だとかタレだとかはその人と共有だった。空席のない繁盛店には、日本人の女性どころか、一人で来店している女性がいない。おじさんと私、一人客同士目が合わないように麺を啜り合うその店は、確かに美味しい地元に根付いた店だった。彼が勧めてくるのは、いつもそういう店だった。会わないうちに忘れていたけれど。

台北 Fuhong beef noodles 


インスタグラムのDMで、陽気な英語のメッセージが届く。hahaha!とかheyeeeee!のように、特に英語が流暢でなくてもテンションが高いとわかる字面。わたしの周りには、ここまであからさまに陽気なのは奴しかいない。また、生粋の日本好きが日本に来るのだという。その人は、本当は台湾より日本の方がもっと詳しいのだ。

メッセージは久しぶり、元気?と始まって、日本に来るのでわたしにも声をかけてくれたのかなと一瞬嬉しくなったけれど、違った。この鮨屋を予約して。次はこの居酒屋を何日に。そんな具合にいいように使われて、会うこともない彼の旅程を、私は少しだけ把握する。少しだけ浮き上がった気持ちを返しておくれよ、と思いながら博多弁の女将さんと話しているわたしは、自分で言うのもなんだけど、けっこう優しいと思う。

先日マレーシアに行ったとき、私は彼からたいそうなクレームを預かった。まず、行くのを伝えるのが遅いと。それから、滞在が3日じゃ短すぎると。確かにわたしが1ヶ月前に連絡した時には、彼は自分もダイビングで遠出する予定を立ててしまっていたし、3日では少しの遠出も無茶だった。そっかそっか、そうですよね、マレーシアと聞いて真っ先に君の顔が浮かんだのに、すぐに言わなかったわたしが悪かったですよ。少しだけ不貞腐れた気持ちは押し込めて、「おすすめがあれば教えてね〜」と社交辞令ばりに適当な挨拶を送った。きっとグルメの彼のことだから、いくつか店を教えてくれるだろう。なんなら、何度も伝えてるのに飛行機の時間をまた聞くのはやめてほしい。そんなふうに思ったことを、数日後には申し訳なく感じるのだった。

Hey hey!といつも通り軽いテンションのメッセージが、マレーシアに着く3日前に送られてきた。そのふわついた軽さとは裏腹に、添付されているのはGoogleスプレッドシートとドキュメント。なんだと思って開いたら、飛行機を降りてからの観光案内と食事の場所、そこで食べるメニューまでが全て記載されていた。そそして、「これをレクチャーするから、電話できる日時を教えて」と。驚くことに、わたしはフィリピン旅行中にマレーシアの観光ガイドを受けることになる。

彼のプランは、なかなかすごかった。いくつかオプションがあって、その辺りの治安がいいかどうかも教えてくれた。なんなら、私が泊まるホテルも事前に見てきてくれたという。「あの辺りは大丈夫そう。外から見たけど綺麗だったよ。でも夜はグラブに乗ってね。」フィリピンのホテルは電波が悪く、ブルネイへと移動してからもう一度彼と電話を繋ぐ。写真入りのドキュメントとスプレッドシートを見比べながら、そのほとんどが食べ物の情報なことも彼らしい。

私は一人旅であまりご飯を食べない方だ。下手するとコンビニで済ませたり、毎日同じレストランで食べたりするから、よく勿体無いと言われる。美味しいものは好きだけれど、そこにそんなにパワーをかけない怠惰さが上回ってしまうのだ。それでも旅に満足してるからいいじゃない、と思うんだけど、確かに誰かと旅をするとご飯が美味しいのには感動する。

だから、マレーシアの旅は特殊だった。一人旅なのに、お腹いっぱい3食食べる。ご飯のために早起きして、ご飯のために街を移動する。私の今までの旅は覆されて、どちらかというと常に満腹の状態で動き続けた。お腹いっぱいだし2食でもいいか〜となってしまうと、彼のプランが遂行できない。もはや、勧めてもらっているんだからと責任感すら沸いていて、もっと言えば義理まであるような気がして、彼にも食べたものの報告を入れていた。

彼が勧めてくるのは、やっぱり観光地っぽいところではなくて地元民が食べても美味しいというところだった。いくつかショッピングモールの中のお店があると、感動したほどだ。でも、こんなところは自分では来なかっただろうな、と言う店と出会えた時の感動の方が、旅の最後には印象に残るのかもしれない。メニューを見ても、運ばれてきた料理を見ても、正直にいうと美味しそう!と思わなかった素朴な麺料理が、この旅で私が一番美味しいと感じた食事だった。写真を撮っても映えないけれど、また食べたいと思うくらい。それを彼に伝えたら、でもあの店のもっとおすすめのトーストは食べなかったんでしょう、と残念そうな顔をされた。だってお腹がいっぱいだったんだから、しょうがないじゃん。

クアラルンプール 何九茶屋


____彼はもうすぐ日本を発つという。何度も予約の電話をかけた分、次にマレーシアに来たときは絶対にガイドするから!と感謝の言葉が送られてきていた。その時は、1週間まるまるフードファイトになるだろうか。たくさん食べられる同行者が必要かもしれない。でもやっぱり、食は旅の彩りの一つであることは、間違いない。それはその国の文化を知るのに、重要な鍵を握っているからだろうと、私は思っている。

そのうち日本のレストランも、彼のほうが詳しくなるんじゃないだろうか。そうしたら、マレーシア人の彼目線で日本を案内してもらうのも面白そうだな。旅は、知らない場所で起こることだけじゃないはず。きっと知らない自分と出会う発見が、自分とは別の誰かによってひらかれている。それも旅の魅力なんだろうなと、フライトの無事を祈る。

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mayu
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