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フロ読 vol.33 橋本治 『窯変 源氏物語 Tame7』 中公文庫

既に何周もしているが、ここのところ読むのを休止した本。
 
理由は大河ドラマ「光る君へ」。高校生たちと会話するためにドラマを観続けようとしているが、この本が中途で入ってくると、ドラマが頭に入らなくなるからだ。
 
この書こそ、私にとって本格の平安王朝である。
 
大河ドラマでは、平安の貴族のくらしを万人に分かり易く見せねばならないが、どうしても設定上の無理が生じてしまう。時代に忠実にあろうとすれば、女優はその顔を常に隠していなければならず、男優の昼間の行動のほとんどがいちいち解説しなければ意味不明な内容になってしまうだろう。
 

源氏物語をただの王朝文学の話ではなく、日本にあまりない、きちんと書き込んだ人間の物語にしたかった。だから僕は『赤と黒』のスタンダールでやろうと思った。

著者の宣言どおり、王朝人の心理―千年を経て変わらぬ人間の愛憎が無理なく今に伝わるように、源氏を一人称とした視点で書き込まれている。
 
Tame7からは、お気に入りの部分、行幸の巻より、
 
源氏の親友である頭中将の娘を、源氏は長らく秘密裡に育てていた。が、次第に源氏の行動は怪しさを増し、その娘、玉鬘を、養父の特権を乱用して愛撫するようになる。それでいて、状況が滞ると、急に実の父親たる親友に「あなたの娘を預かっていました」と返し奉るのだ。
 
言うまでもなく、このプロットは真の作者、紫式部において完成していると言ってよい。しかし、そこに橋本治は、その恐るべき想像力と考察力で解説を与えてしまうのだ。

私と玉鬘の間に‶ある一線″が保たれたのは、私が内大臣を憎みもせず愛おしくも思わずにいたその所為だ。もしも、私が内大臣であったのなら、恐らくその一線は、遂うの昔に越えられていただろう。そして、もしも私が、それを告げられた内大臣の立場だったら、私はそれをした男を、決して許しはしないだろう。
しかし、内大臣はそれを許した。

すごい…こういう解釈、こういう解説をしてみたい…。
 
そして、源氏は頭中将、今の内大臣の胸の内をこう推察する。

恐らくは、彼は私を愛していたのだ。

ギャアーッ! 何度見てもすごいオチ! 光源氏のゆゆしきダークサイドにしてイノセンスな一面が炸裂している場面。湯舟にあって鳥肌が立つ。
 
そして、玉鬘の裳着の日、これから初めて実父と会うドキドキのシーンの前に、小さなコント。玉鬘の祖母からの文を「駄文」と一蹴し、「見てもよいけど真似るな」と源氏が冷ややかに玉鬘を制した後で、源氏三笑の一人、末摘花からの必殺プレゼント。これには思わず源氏も、その贈り物の包みを開くことさえ止めようとする。
 
包みを開けた女房の怪訝な目―「なんで、こんな人と付き合っているの?」―に対し、一生懸命言い訳をする源氏。
「困った昔の人なのですよ」
玉鬘の「?」な目―
「可哀想な方なのですよ」
そして源氏の内心、

「歌など詠むな!」と言いたい。「歌をお詠みなさい、お言葉をお口になさい」などと言った自分が呪われる!
詠まなければいいのに! 鈍感な女が!

末摘花がブスなのは容姿の問題ではないのが、よく分かる。
 
源氏の「憚られる人からの祝い言が多い日」はこうして過ぎていく…。
 
うまいなあ紫式部。最高です、橋本治。
 
あーあ、だから大河が終わるまで封印していたのに。これですっかり観る気が失せちゃった。気分はまるで、この日の源氏みたい。頭の中には某小峠氏の一言がこだまする。
 
「なんて日だ!」

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