その6:万年筆の試し書き
近年の鉄ペンは金ペンに劣らぬ書き味になっているという話をネットで目にしたので、パイロットのコンバーターを買いに百貨店の万年筆売場へ赴いた際、鉄ペンの万年筆の試し書きもさせてもらった。
これには個体差もあるだろうから私見があくまでになるが、これまで鉄ペンを愛用したことがない私にはやはり硬さが気になってしまい、ちょっと厳しいと感じて購入を控えた。ただ今回はそれが話題じゃない。
ある程度の本数の万年筆を持ってしまうと買い増したくても実際に買うことがなくなり、万年筆の試し書きなんて何年振りのことだっただろうか。
インクを入れた万年筆とメモ用紙をお借りし、筆記体の小文字のLみたいな丸をぐるぐる連ねて書いたり、はたまた永の字を書いてみたりして書き味をみるのがよくある試し書きだろう。
これをやるとその後に必ず思い出すのが、丸谷才一の(湯川 豊を聞き手にした)『文学のレッスン』(新潮文庫)にある試し書きの話だ。丸谷才一が文房具店で万年筆を買う時の試し書きには、萩原朔太郎の第一詩集『月に吠える』に所収される「天景」という「しづかにきしれ四輪馬車」からなる七五調の七行の詩を書いたというのだ。
天景
しづかにきしれ四輪馬車、
ほのかに海はあかるみて、
麦は遠きにながれたり、
しづかにきしれ四輪馬車。
光る魚鳥の天景を、
また窓青き建築を、
しづかにきしれ四輪馬車。
私もこんな気の利いた試し書きをしたいと思っては忘れ、当たり障りないことをしてはまた思い出すという憧れるばかりな始末。
幕末から明治期の剣豪 榊原健吉が、明治天皇の御前で自身の愛刀 同田貫の試し斬りに兜をかち割ったという天覧兜割り(明治20年)とまでは大袈裟にしても、試しでも格好良くサラりと書ける名文がやはり欲しいと思う。
それには世に名だたる詩の一節か俳句ぐらいが丁度好いだろう。あいにく達筆さには自信がないので、短めな一篇の詩や短歌ではちょっと長いようで気恥ずかしいし、金言や格言の類いでもどうだかと思う。俳句だったら季節に合わせて使い分けられるので、殊更洒落て来るんじゃないかと思うのだ。
単に売場の店員に格好付けたいだけかもしれないが、 書き味を試すにはやはり文章を書いた方が判り良いとも思う。
お気に入りの名文をそらでさらっと書き上げて、その万年筆の書き味を見極める。そういうことがさり気無く出来れば、それはもう只者じゃない感じがすることだろう。