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読書と音楽

ある気づき

 会社をリタイアしてから本を読む時間が増えた。それまで、あまり縁がなかった公立図書館に足を運ぶことは適度な散歩になるし、お金を使わずに本を読むことができる。それ以上に本を買えば部屋が狭くなるから図書館で本を借りることは良いことが多い。
 もちろん、図書館の蔵書は公共の財産だから、気をつけて扱わなければならないし、書き込みなどもってのほかである。それでも最近は読書メーターというサイトに読後の感想文や要約を記録することができるので、本に赤鉛筆でマーキングすることもなくなった。
 そして、月によって違いはあるが、平均すると毎日100ページ以上、本を読んでいることが読書メーターの記録でわかる。そして、リタイア後の読書経験で知ったことに読書のBGMは私の場合にはバロック音楽が最適らしいということがある。
 歌よりも器楽の方が読書に向いていることは当然だが、その中でもクールジャズかバロック音楽をBGMで流しながら本を読むと集中できるようだ。最近はバロック音楽を流すことが多い。

バロック音楽とは

 ここでバロック音楽とは何か、おさらいをしておきたいが、もちろん近世の一時代を画した西洋音楽の様式である。しかし、それは1600年頃から1750年頃までの長い期間にわたり、地理的にも一様のものとは言えない。だが、まずはバロック音楽が、先行したルネサンス時代の音楽や、後に続いた古典派音楽と、どのような点で異なるかを確認しておきたい。
 ルネサンス期の音楽が均整と調和がとれた多声音楽(ポリフォニー)と特徴づけられるのに対して、バロック音楽は不均衡と躍動感さらに感情表現を志向したと言われる。そのために、様式面ではポリフォニーを解体して、即興を伴う通奏低音が用いられた(ジャズのアドリブに通じるものがあるとも言われる)。これは演奏にも鑑賞にも相応の技量や素養が必要であり、通人の音楽といえるかも知れない。この時代に音楽を享受したのは主に王侯貴族であり、自ら演奏も行う専門の音楽家が作曲した。
 反対に古典派音楽を享受したのは、市民階級であり家庭と演奏会場がその舞台となった。家庭ではソナタが、演奏会場ではシンフォニーが演奏されるようになった。様式面では、通奏低音がなくなり、旋律と伴奏からなるホモフォニーの形に変化していったのである。後のロマン派以降も、基本的な様式は変わらず現代のポピュラー音楽に引き継がれている。
 田村和紀夫氏は、著書の中で、ルネサンス音楽〜バロック音楽〜古典派音楽という流れについて、つぎのように述べている。

西洋音楽史では「単純」なホモフォニーから「複雑」なポリフォニーへ発展したのではありません。逆なのです。これは歴史的展開が単純な「進化」ではないこと、および歴史の流れが大きく「民主化」「大衆化」を志向していることの表れでもあります。音楽をわかりやすくするホモフォニー化は、音楽受容を広げるための鍵となるからです。

「クラシック音楽の世界」新星出版社 p113

なぜバロック音楽が読書に向くのか

 いわば、ここからが本題なのだが読書に向く音楽と言えば例えば次のような特徴を上げることができそうである。

  1. 歌ではない(器楽である)

  2. 落ち着いた雰囲気

  3. ゆったりとしたリズム

 歌モノが、あまり読書に向かないことは自明だろう。気持ちが本から離れて歌の方に向きがちだからである。ルネサンス時代は声楽が音楽の中心だったのだが、バロック音楽の時代になると器楽が独自の発展を遂げる。古典派の時代に音楽がホモフォニーに転換するとロマン派を経て、現代のポピュラー音楽では歌が重視されるようになっている。
 落ち着いた雰囲気と、ゆったりしたリズムはいずれもバロック音楽だけではないが、バロック音楽に特徴的だと思われる。当時の王侯貴族たちにとってはルネサンス音楽と比較して先鋭的な尖った音楽だったのかも知れないが、現代人のわれわれが聴くと優雅でゆったりと感じるものである。
 上の3点は読書に向くBGMのおおよその特徴だが、バロック音楽ではなくても、読書向きの音楽はある。古典派でもモーツァルトの音楽は向いているものが多くあるし、ロマン派だとショパン、ジャズだとビル・エヴァンスなどを聴きながら本を読むのは良さそうだ。ただ、バロック音楽はバッハを始めとして共通に読書向きの要素を持っている傾向がありそうで、私の場合には読書時間にはバロック音楽を聴いていることが多いのである。
 バッハの没後に、バロック音楽の時代が終わって、古典派の時代が始まるとともにリュートやリコーダーのようなバロックの古楽器が活躍の場を失って行ったことも、バロック音楽が総じて落ち着いてゆったりとした音楽であることの反証であるような気がするのである。 

自分でバロック音楽を奏でる

 私は下手の横好きの趣味でクラシックギターを先生について学び、また、自分自身のために奏でている。クラシックギターそのものが古典派時代に黄金期を迎えたので、練習曲もその時代のものが多いのだが、不思議なことにクラシックギターは、どの時代・様式の楽曲でも不思議に落ち着くのである。
 だからだろうか、クラシックギターでバロック音楽を奏でることもあるのだが、けっこう必要以上に気持ちが落ち着いてというか、時によっては沈みがちになってしまうこともある。それでも、音符が少ないのに深みがある音楽というとバロックになる。
 近代の明るくてロマンチックな曲は好きなのだが、メロディと伴奏というホモフォニックな音楽が多い。バロックの場合は、音符が少なくても和声に動きがあったりして、そこらへんが深みとして感じられるかも知れない。
 とはいえ、バロックの時代の撥弦楽器の主役はギターではなくしてリュートであった。現代のギタリストが弾いているバッハの曲はリュート(チェロやヴァイオリンの場合もあるが)のために書かれたものをギター向けにアレンジしているのである。
 ゆえに、現代のクラシックギターでバロックを含む古楽を演奏する場合は、本来は原曲および当時の演奏のされ方を踏まえる必要があるのだが、アチュアギター弾きのお遊びとしてお目溢しを願いたいところである。

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