G7広島サミットに先立ち
5月19日から21日の間、G7広島サミットが開催されます。この間、グランドプリンスホテルを中心に上空飛行が制限され、周辺道路も交通規制が敷かれるなど、関係機関は総力を挙げて警備強化に取り組んでいます。
昨日は、岸田総理が訪れた和歌山で爆破騒ぎがありましたが、当局は、兆候を掴みづらい「ローンウルフ」が群集に紛れ込んでいる前提で、要人警護を考え直す必要があると思いました。
1 G7サミットについて
主要国首脳会議(通称、G7サミット)は、日・米・英・仏・伊・独・加の7か国と、EUの首脳が一同に会して開催される年次の国際会議です。
日本での開催は7回目で、過去、1979年、86年、93年は東京、2000年は沖縄、08年は北海道、16年は三重で開催されました。
1970年代、オイル・ショックなどの諸問題に直面した先進国の間で、首脳レベルで議論する場が必要になったことから、1975年、当時の仏大統領の提案により、初めてパリ郊外で首脳会合が行われました(以降、各国が輪番で議長国を務め、毎年、首脳会合を実施)。
2 今回のテーマと核兵器禁止条約
今回で第49回となる広島サミットでは、経済、安全保障、気候変動などがテーマとなるほか、岸田総理は、被爆地広島から核兵器のない世界を目指す大きな目標について、国際社会に向けてメッセージを発信します。
しかし、日本は未だ核兵器禁止条約に参加していません。
核兵器禁止条約は、核兵器の開発、製造、保有、使用を禁じる初めての国際条約として、2017年に国連加盟国の6割を超える122か国の賛成により採択され、2021年に発効しました(ただし、核保有国と核の傘下にある国々は参加していない)。
日本としては、条約の趣旨には完全に同意できるものの、核兵器を巡る情勢が急速に悪化する中、米国の核の傘下にある日本としては「今はその時ではない」ということなのでしょう(その理由は後述)。
3 核兵器について
先日、何十年かぶりに広島平和記念資料館を訪れました。中学校の修学旅行で訪れ、その後、20代で再訪した記憶がありますが、恐らくそれ以来です。
建物の外観は変わっていない感じでしたが、館内の展示物は昔とはかなり異なっている印象でした。
核兵器の悲惨さは、もう十分に分かり切っていることなので、ここで改めてそのことを主張するつもりはありません。
ただ、核兵器については、以前、かなり深く調べたことがあるので、今回はその要点をお話したいと思います(以下、淡々と現実を語りますが、勿論、核兵器には断固反対の立場です)。
(1) 世界の核兵器の現状
第2次世界大戦後、ソ連、英国、仏国、中国が相次いで核兵器を保有。1968年の核兵器不拡散条約(NPT)締結後も核保有国は増え続け、その後、インド、イスラエル、パキスタン、北朝鮮(1993年3月にNPTから脱退)が核保有国となりました。
世界の核弾頭数は、ピーク時の5分の1まで減りましたが、今なお1万2千発もの核弾頭があり、その9割は米露が保有しています。【図1】
(2) 米露(ソ)核戦略の歴史
東西冷戦と宇宙時代の幕開けとともに、米ソ核配備の応酬が始まり、1962年のキューバ危機でその緊張は頂点に達しました。【図2】
冷戦初期、米国は大量報復戦略や柔軟反応戦略などの核抑止戦略を打ち立てつつ、核の三本柱、核共有、拡大抑止(核の傘)などの核抑止の態勢も整えていきました。【図3】
ただ、膨れ上がる一方の核兵器に懸念を抱いた米国は、ソ連と交渉して1972年に第1次米ソ戦略兵器削減交渉(SALT-I)及び対弾道ミサイル(ABM)制限条約を締結し、相互確証破壊(MAD)(いわゆる「恐怖の均衡」)が成立しました。【図4】
その後、米ソは核の均衡状態(パリティ)を維持したまま、1980年代中期には米ソ合わせて6万発を超えます。【図2】
この状況を打開するため、レーガン政権は、新たにSDI構想(いわゆる「スターウォーズ計画」)を立ち上げ、相互確証安全(MAS)への転換を図ろうとしました(しかし、冷戦終結後、SDI構想は立ち消えに)。【図4】
1987年の中距離核戦力(INF)全廃条約あたりから、ようやく減少に転じ、1991年のソ連崩壊後、米露は第1次戦略兵器削減条約(START-I)の締結で、核削減に弾みがつきます(ソ連崩壊後、ウクライナ、ベラルーシ及びカザフスタンは核兵器を完全放棄しNPTに加盟)。【図2】
そのような中、1990年代から北朝鮮やイラクなど、核抑止論理が通用しない「ならず者国家」による核武装への懸念が高まり、1993年、クリントン政権はSDI構想に終止符を打ち、ミサイル防衛(MD)システム(注:現在のイージス・システムにも通じる、敵の核ミサイルを迎撃用のミサイルで撃ち落とす技術)の開発に乗り出します。
更に、2001年の 9.11 同時多発テロで核テロリズムへの警戒感も高まり、翌2002年、米国はABM制限条約から脱退して、2004年からミサイル防衛システムの配備を開始しました。
その後、オバマ政権の誕生で米露核軍縮に更に弾みがつき、2009年、オバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指すと宣言、そして翌2010年にはロシアと新たな戦略兵器削減条約(新START)の締結に至ります。
ここまでの情勢をまとめると、下表のように概ね30年周期の3つの時代に区分され、特に1990年代以降、核軍縮は順調に進むとみられていました。
(3) 近年の核を巡る情勢の変化
ところが、その後、敵対的なロシアが再興したことで、世界の核軍縮ムードは一気に勢いを失います。
ロシアは核軍縮を履行しつつも、米国に先駆けて運搬手段の近代化に着手しました(この点で米国は完全に出遅れ、既存のミニットマンやB-52爆撃機などは冷戦期の遺物に)。
そして、2014年のクリミア侵攻から、ロシアは度々、世界に核兵器による恫喝を繰り返しています。
2021年、米露は新STARTの2026年までの5年延長に合意しましたが、今年3月、ロシアは一方的に新STARTの履行を停止し、ベラルーシに戦術核を配備すると宣言しました。
この間、北朝鮮の核ミサイル技術は飛躍的に進展し、その性能は着実に高まっています(極超音速や変則軌道のミサイルも開発)。
また、中国が2月に発表したところによれば、現有約300発の核弾頭を、2035年までに3倍となる900発まで増強する構えです(中国の核軍拡を看過し、米露中の三つ巴となった場合、新たな核抑止戦略の構築は可能だろうか?)。
こうして、オバマが目指した核兵器のない世界への道のりは雨露の如く消え、世界は今、核の戦国時代の様相を呈しつつあるのです。
(4) 拒否的抑止力の低下
2002年のABM制限条約撤廃以降、ロシアは米国のミサイル防衛システムの配備、(つまり、拒否的抑止力の強化)は戦略的安定性を損ねるとして反対してきました。
しかし、米国のミサイル防衛システムが整うにつれ、ロシアは対抗策として同じミサイル防衛システムではなく、逆に、その防衛網を突破する能力を追求し始めます。
その能力が、国際報道で取り沙汰されている多弾頭(MIRV)のICBM「サルマト」、極超音速の巡航ミサイル「ツィルコン」、核弾頭を搭載した水中航走体「ポセイドン」などの新型核兵器です。
これらミサイル防衛システムの突破能力を有する新型核兵器の配備は、拒否的抑止力の弱体化、すなわち報復的抑止力に依拠した相互確証破壊(MAD)への回帰を意味します。
つまり、ロシアは今、自国の利益のために、再び世界を「恐怖の均衡」に引き戻そうとしているのです。
必然的に日韓や欧州は、益々、核の傘に頼らざるを得ない状況になっており、冒頭で触れた核兵器禁止条約について「今はその時ではない」と申した理由は、ここにあります。
約3年前、日本が拒否的抑止力の代表格でもあるイージス・アショアの配備を撤回した背景にはこうした事情もあったのです。
(5) 核兵器廃絶への道のりは
核保有国の考え方は次のとおりです。
〇 第2次大戦後、核の恐怖が世界大戦の再発を抑止してきた
〇 究極的には無くしたいが、先ずは戦略的安定性が第一
〇 削減には段階的プロセスが必要で、一方的廃棄はあり得ない
例えば、明日にでも巨大隕石が地球に接近し、人類が一丸となってその巨大隕石にすべての核ミサイルを撃ち込むような事態でも起こらない限り、残念ながら核兵器廃絶には特効薬がないのが実情です。
このような核抑止理論は、ややもすると私たち日本人には屁理屈にしか聞こえないものですが、核保有国が、こうした考え方に依拠していることを理解しない限り、核軍縮の話し合いは平行線を辿ることになります。
核軍縮・廃絶を実現するには、こうした対立軸間のパリティを保ちながら段階的に削減する取り組みが必要で、この緊張や批判に耐えかねて、政府が安易に拡大抑止を放棄するようであれば、私はその方が無責任極まりないことだと思います。
実際に、今、ロシアによる核兵器使用を思い留まらせているのは米国の核戦力であるということも、厳然たる事実なのです。
広島といえば ・・・
さて、余談ですが、写真は広島を代表する数々のグルメです。広島風お好み焼きは昔から変わってませんが、もみじ饅頭は随分のバリエーションが増えましたね。
次の写真は広島を代表する観光地です。1875年に再建された現在の厳島神社の大鳥居は、昨年末に大規模な整備作業を終えて、約3年半ぶりに美しい姿を再現しました。
ところで、原爆死没者の慰霊碑には、
安らかに眠って下さい
過ちは繰返しませぬから
と刻まれています。
この碑文には若干の違和感を覚えます。
「しません」だと、私たち日本人が加害者であるようなイメージを惹起させるからです(私たち日本人は原爆の被害者なのであり、原爆を使ったのは米国なのでは?)。
この碑文について、広島市は次のように説明しています。
主語が「私たち人類」であれば、尚更「させません」に改めた方が良いと思います(核兵器禁止条約の趣旨にも適う)。
「過ち」を繰り返させないためにも、祈り訴えるだけでは不十分です。
他力本願に委ねるのではなく、核兵器をめぐる経緯と現状を直視し、実効性のある現実的な施策によって問題解決を図っていく。
こうした地道で能動的な努力の積み重ねが、この狂気に満ちた異物を世界から取り除く道を切り拓くと思います。
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祖国があなたのために何ができるか
を問うのではなく、
あなたが祖国のために何ができるのか
を問うてほしい
(第35代 米大統領 ジョン・F・ケネディ)