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じゃあ「学校に行かずにオンラインスクールでいい」のか? マンデルブロ集合を語ってくれたAくんの話【野本響子さん著書に寄せて】

マレーシアに来て1年目の2019-2020年は、いろいろな人に会って衝撃を受けた1年でした。
今日は、その中でも忘れられない一人、たった数時間で私に強烈な印象を残し、いろいろなことを教えてくれた「日本人のAくん」についての話を書きたいと思います。


「ぼく、ホソツなんですよ」と彼は言った


Aくんとは、テック関連の習い事のセンターで出会いました。
私が子ども2人(当時上の子が10歳)を連れてそこに行った時のことです。センターの片隅に日本人の中学生くらいの男の子を見つけ、日本語が聞こえてきたので、コンセントの場所を探していた私たちがそれを彼にたずねながら、「何を作っているの?」、「ここのセンター、楽しい?」というようなことを話しかけたのがきっかけでした。


その男の子は当時14-15歳くらい。細身で、大人のような落ち着いた論理的な話し方が印象的で、そして、興味のある分野のことについては、「ロジカルさ」と「若者言葉」をまぜて熱く語ってくれる、話のとてもおもしろい子した。
こちらの聞きたいことを(会ったばかりの見ず知らずの人であるにも関わらず)とてもフラットでにこやかなトーンで話して聞かせてくれました。第一印象は、「頭のいい人だな、大人みたいな人だな」。

彼は、算数と物理が得意だと言い、ほとんどを独学していると語りました。年齢的にまだIGCSE(日本でいう高校2年生の年齢で受験する、イギリス系教育システムの国際的な高校卒業認のための共通試験)の年齢ではなかったはずですが、1年前にIGCSEを受験していて、「今年また再受験しようと思って」といってIGCSEのPhysics(物理)のテキストを開きつつ、パソコンでゲーム制作作業をやっていました。

おもしろい男の子がいるものだ!
この近隣のインターナショナルスクールに通っているのかな?

と思い、「こんなユニークな子が通うインター校はどこなんだろう、きっといい学校なのだろう」と興味をもった私は、学校はどこに行っているの?というようなことを聞きました。

すると彼は、「僕、ホソツなんですよ」と言ったのでした。

中学校に通っていない14歳なんてありえなくない?


「ホソツ?」

と私が聞き返すと

「学校には行ってないです。小学校すら卒業してないんです。これまでの人生で保育園だけしか卒業してないので、ホソツ(保卒)」

と飄々としたもの。

その当時の私にとって、14-15歳の日本人の子が学校に行っていないなんてちょっと信じられないことでした。体調やその他の事情で学校に登校していない子はいたとしても、こんなにしっかり話ができて、他人と円滑なコミュニケーションを取り、心身の健康面で困っている様子でもなく、十分に社交的で、賢い男の子が?と。

学校名がどうしても知りたいということでもなかったので、不思議に思っただけで特にそれ以上聞きませんですが、「あまり行ってはいなくともどこかの学校に所属くらいはしているんだろうな」としばらく思っていました。だって、普通の日本人の親が中学生の年齢の子どもを学校に所属させないって、ないでしょ、と。
「学校に所属していない小中学生」というのは、自分の身の回りの常識にとらわれていた私にはあまりにも意外過ぎた答えでした。

(ちなみに、この後、マレーシアの教育の多様性を知り、このように学校に所属せずフリースクールに通ったり家庭教師をつけたりオンライン学習をするなどしてIGCSE合格を目指す勉強をしている子も一定数いる、と知りましたので、今ならぜんぜん驚きません)

(でもそれであっても、おそらく多くの場合は、スクールの先生やチューターが勉強をマネジメントしてIGCSEの全科目を学ぶようなスタイルだったりするので、その年齢で、興味がある教科のみを独学で、というスタイルはけっこう珍しいとは思います)

私はますます、その子に興味を持ち、会話を続けました。

「マンデルブロ集合」と「虚数」について語る熱量のすごさ


話せは話すほど、その子の話はおもしろく、考え方はしっかりしていました。具体的で、理路整然としていて、当意即妙。彼は、算数は好きでたまらないが、学校の算数は本当につまらなかった、計算とか九九とか興味を持てず苦痛でしかなかった、と話します。

自分の子どもにも算数が好きになってもらいたい母親として「算数がおもしろいとおもったきっかけは?」と聞いたら「マンデルブロ集合がおもしろいなあと思って、そこから興味を持ちました」と答えてくれました。

マンデルブロ集合???
と初めて聞く単語に戸惑っていると、iPadを取り出し、これですよ、と検索して見せてくれました。

Wikipediaより


あ、これなら見たことある。フラクタクル構造ってやつかな?
(ここから彼の詳しい説明が続きましたが、割愛)

そして、その流れか別の話だったか忘れましたが、「虚数」の話になり、虚数のおもしろさ、独特さを、またiPadでアイビスペイント(描画ソフト)を立ち上げてホワイトボードのようにして図解しながら1時間くらい語ってくれました。全部は理解できなかったけれど、その熱量はほんとうに魅力的だった。こんな風に語ってくれる先生が学校にいたら、どんな教科だって話を聞いただろう、というような熱量でした。

また、サイン・コサイン・タンジェントが、実生活でどんな風に役立っているかについても話してくれました。「スゴイ便利ですよー」とまるでホームセンターに売っているアイデア商品でも使うかのように説明してくれたのが印象的でした。

人生にとって、勉強よりも大切なもの


「うちの子は10歳だけど、きみみたいに算数に興味をもって楽しんでもらえたらいいんだけどな。サボる工夫やゲームの方が得意なんだよね」というと、彼は、私の傍らでその場で知り合った誰かとキャッキャと楽しそうにしている息子を目の端にいれて

「でも、彼は、明るい性格で、友達がいっぱいいるんでしょう?」

と言いました。

「まあ、そういう子ではあるかな」と私が肯定すると、「それならいいじゃないですか」と言い、

「勉強ができることや試験で点数をとれることよりも、仲間がいることの方が人生でだんぜん重要だと思いますよ」

と、Physics(物理)のテキストをパラパラとめくりながら言いました。

「勉強は一人でできるけど、やっぱり友達がいないと楽しくないし、仲間がいないとできないことってあるし。そろそろぼくも友達がほしいなと思って。だから、大学は行くと思うし、来年からそろそろ学校行こうかな、と思ってます」

そして、「さすがにホソツじゃまずいでしょ」と笑い、そのために受験勉強を頑張っているのだ、と言いました。

Aくんのその後の話と「IBカリキュラム」


そのAくんとの出会いのあとほどなく、マレーシアはコロナ禍に突入し、その習い事のセンターも閉鎖し、私もマレーシアを出ることとなり、Aくんと会えたのはそれきりでしたが、私に、こうして何年経っても鮮明に覚えているほどの強烈な印象を残しました。

Aくんはその後、国際バカロレア(IB)の学校に入ったと聞きました。

国際バカロレア(IB)のカリキュラムについては、私自身、公式のセミナーに参加したり、本を読んだり、複数の体験談を見聞きしたりしていますが、私の理解でIBを一言でいえば、IBは『知のオタク』向けカリキュラムです。

IBの学びは、知的好奇心と熱量のある彼にぴったりだな、と思いました。
きっと、授業でも授業外でも、あの熱量で探求学習を行っているのでしょう。お友達と一緒に。そして、この後は彼の望む大学に進学し、はたまたどこかで辞めたり路線変更したりしながら、人生を楽しんで生きていくんだろうな、と思います。

A君の強さ:辞めることの大切さ、その見極め


Aくんの強さは、Aくん自身が子どものころから自分で選び、自分で判断し、自分で決めたことを実行し、その責任を自分でとっていることにあると感じます。

日本の教育制度の中にいると、どうしても、テストの点数や、漢字ひとつの「とめ・はね・はらい」にとらわれた毎日を送ることになりがちなのですが、そして、一方では学校での成績が高いことももちろんすごく重要で有用ではあるのですが、

視野を広げて、目の前だけでなくもっと先を見て(もしくは今だけを見て)、自分で選んで、自分で辞めて、それに責任をもってやっていく。

「おかれた場所で咲く」ことが難しいのなら、自分が「咲ける場所」に行ってみる。

回り道をしても、ムダに思えるようなことがあっても、全体から見れば大丈夫。

ということにも意識を向けて考えていけるといいのだと思います。

そういった意味で、オルタナティブな教育、あるいは多様性のある考え方を求めてマレーシアに出る、ということはとても気付きの多い経験になりえるし、せっかく行くのであれば、「どこのインターにするか」だけでなく、日本人コミュニティに浸かりきったり日本と変わらぬ便利な生活を求めたりするだけでなく、どんどん「日本にないもの」を探して体験してみるといいのかなと思います。

もちろん、国外に出なくても、日本からでもいろいろなものは探せます。(そのためのツールとして便利なのが、英語です。読解力とコミュニケーション能力もあるといいです)


Aくんが教えてくれたこと


Aくんが私に教えてくれたのは、子どもが自分で選ぶことの重要性でした。

誰にでもできることではないですが(特に、義務教育の年齢の子どもをが学校に所属させない、というのは、親にとってかなり勇気がいったことだと思います)、本当に子どもが嫌がっていることがあるなら、それを辞めさせてみるのも大事なんだと、彼の生き方を見ていて思いました。習い事でも、学校でも、友達関係でも、取り巻く環境でも。

よかれと思って教育や子育てをしている親としては、とても難しいことです。子どもが決めるといっても、選択肢や環境を提示してあげるのは親です。用意できるチャンスもリソースも、多くの場合限られています。

だからこそ、「辞めさせる」ことが不可能であったとしても、子どもの心情に寄り添うことはとても大切で、時間を共有し、話し合い、相手の立場に立つことを忘れてはいけなくて、そのためには子どもに対して自分の価値観であれこれ怒ってばかりいるのでいられないな、と、たまに今日のようにAくんを思い出して、自分の子育てを振り返っています。

どんな教育が我が子に合うのか、私の旅はまだまだ続きます。

一緒に旅を続けるために、「一緒にいれば楽しい」親子関係をくずさないことも、思春期前~思春期の子育ての重要なポイントであると思っています。

さらにその後の、後日談。


実は、Aくんとの出会いから何年かを経て、このAくんがマレーシア在住の編集者・文筆家の野本響子さんの息子さんであるということがわかりました。

(学校を辞めると息子さんが決めた時にはかなり反対した、1年くらい話し合った、とお聞きし、野本さんであってもやはり簡単な決断ではなかったのだな、と後から知りました)

私自身と野本さんもちょっとしたご縁があったので、何年も前に起こった偶然にとても驚きましたが、野本さんの著書やお話に出てくる息子さんとあまりにも共通点が多く、またVoicyに出演されたときの声と話し方がまさにその彼で、とても懐かしく思いました。

今回は野本さんと息子さんご本人のご了解を得て、この記事をnoteに書かせていただきました。

Aくん、数時間あっただけでいろいろなことを考えさせてくれて、ありがとう。
あなたのおかげで、「子どもにとって、『私(親)が正しい』わけじゃない」という当たり前のことに気づくことができた気がします。
そして、この度はIBDPの修了おめでとうございました。楽しい人生を応援しています。


「日本がなんだか辛いな、苦しいな」と思う人に向けて書かれた本。
マレーシアに行って3年くらい住むとわかることが、行かなくてもわかるように書いてあります。「その枠にハマらなくても別に困らないで済む道はある」ということに本心から気づく人が増えて、呪縛から解かれる人が増えますように。


AくんのようにマレーシアのインターナショナルスクールやIBの学びの経験のある子が初めて書籍出版にチャレンジ。


「我が子の教育のオルタナティブ」を探すときに必要な情報がまとまっている、辞書のような本
まずは知っておきたい世界のメジャーな教育システムの特徴が端的かつ具体的に書かれています。Aくん(著者、野本響子さんの息子さん)のお話も多数。


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