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ネロ・ウルフ長編21『シャンパンは死の香り』Champagne for One(1958)紹介と感想

レックス・スタウト 渕上痩平訳『シャンパンは死の香り』論創社, 2024

まさかの同年に2冊のウルフ長編が翻訳されました。
今回も前回と同じくドラマは放送されていますが、本編としては日本初訳の作品になります。


あらすじ

二年前の宝石盗難事件の依頼人・ロビロッティ夫人の甥であるバインから、叔母が主催している未婚の母のための食事会へ自分の代わりに参加して欲しいと頼まれたアーチー。
パーティーは滞りなく進んでいたが、ダンスの時間の最中に悲劇が起こる。
以前から自殺すると周囲に訴えシアン化物の瓶を持ち歩いていた女性、フェイス・アッシャーがシアン化物を服薬して死んだ。
誰もが自殺だと思う中、死の直前の彼女を観察していたアーチーは殺人を主張する。
否応なく事件へ巻き込まれたウルフとアーチーは、誰もが毒を盛るチャンスが無いかのように見える毒殺事件に挑む。


紹介と感想

ウルフ作品お馴染みのアーチー事件に巻き込まれるパターンで始まる今回は、被害者本人を含む誰にも毒を盛るチャンスが無いように見える不可解な状況が提示されます。

とはいえ、訳者あとがきでも話されている通り、いわゆる意外な方法や予想外の犯人が飛び出てくるような本格謎解き不可能犯罪物をイメージして読むとちょっと違うものではあります。
不可解な状況は、どこに向かうか分からないストーリーを引っ張ってはくれますが、謎解きは動機と人物の性格、事件当時の現場再現などからウルフが推理するものになっています。ただ、その内容はある程度納得できるものであるため、シリーズ作品としても悪くない方だと思います。

パーティー参加者達をパーティーの場面だけで理解するのが難しい所もありますが、重要なキャラは後程目立つため、この時には何となくの印象でも特に問題はありませんでした。

レギュラーキャラ達のやりとりも面白く、出番が多くないキャラにも印象に残る場面がしっかりありました。
特に、終盤以外殆ど出番のない中でのステビンズ巡査部長の見せ場は見所です。

事件の直接のきっかけとなった人物と犯人はどちらも最悪な人間で、被害者の悲劇性が印象に残ります。
シリーズの傑作群には及びませんが、陽性な雰囲気のキャラクター主導探偵小説として十分面白い一作でした。

また、訳者あとがきで〈アーノルド・ゼック三部作〉を紹介したいと記載あり、しばらく論創ウルフは訳者2人体制になりそうで、令和にウルフがこんなに翻訳される予定の未来が来るとは生きていて良かったなと思いました。

 暇つぶしに、今までに聞いたり読んだり、誰かが口にするのを耳にした中で、一番うぬぼれに満ちた発言を選ぶとしたら、なにを選ぶ? 先日の夜、友だちがそんな話を持ち出し、彼女はルイ十四世の「朕は国家なり」を選んだ。ぼくはそんな昔に遡る必要もなかった。ぼくの選択は、「みなは私のことを知っている」。彼女は当然、誰がいつ言った言葉か知りたがった。ちょうど前日、フェイス・アッシャーの殺人犯は陪審員団から有罪の評決を受け、事件は解決したので、彼女には答えを教えた。

レックス・スタウト 渕上痩平訳『シャンパンは死の香り』論創社, 2024, p.159

ティモシー・ハットン主演『グルメ探偵ネロ・ウルフ』A Nero Wolfe Mystery(2000~2002/米)
 シーズン1 第2話「シングルマザーはなぜ殺された? 」Champagne for One(2001)

ティモシー・ハットン自身で演出をしている一作で、原作のストーリーを映像として再構成した安定の一作になっています。

原作通りの展開なので始まって十数分で一気に事件関係者が出てきて初見だと誰が誰だが覚えられませんが、基本後の展開で目立つ人以外は覚える必要もないので問題ありません。

ドラマの流れに合わせるためにシーンや会話の省略・変更はありますが、重要な所はしっかり拾っており、テンポよく展開する捜査を楽しむことができます。
事件前後のシーンやウルフの事件再現は本で読むより映像で見る方が理解しやすく映える内容であり、本作も上手に映像化していました。

ウルフとアーチーの奇跡の関係性や探偵チームの捜査、ウルフの蹴りに鋭い着眼点のステビンズ巡査部長など、原作で好きなレギュラー陣のシーンも映像化されており嬉しかったです。

原作同様、明るいノリの私立探偵物が好きな人には文句なくオススメのドラマになります。

ドラマ概要
脚本/リー・ゴールドバーグ、ウィリアム・ラブキン
演出/ティモシー・ハットン
時間/94分

キャスト
     ネロ・ウルフ/モーリー・チェイキン
アーチー・グッドウィン/ティモシー・ハットン
    クレイマー警部/ビル・スミトロヴィッチ
  フリッツ・ブレナー/コリン・フォックス
  ソール・パンツァー/コンラッド・ダン
  フレッド・ダーキン/フルヴィオ・セセレ
   オリー・キャザー/トレント・マクマレン
  ステビンズ巡査部長/R.D.リード

   ハケット/ジェームズ・トールカン
ロバロティ夫人/マリアン・セルデス
    セリア/カリ・マチェット
    エレナ/ニッキー・グァダーニ
    ヘレン/ケイト・ゼナ
  レイドロー/アレックス・ポッホ=ゴールディン
 シュースター/ロバート・ボックスタール
    ローズ/クリスティン・ブルーベイカー
    セシル/スティーブ・クミン
    バイン/ボイド・バンクス
    エセル/ジャニーヌ・セロー
   フェイス/パトリシア・ゼンティリ


フランチェスコ・パノフィーノ主演『グルメ探偵ネロ・ウルフ イタリアへ行く!』Nero Wolfe(2012/伊)
 第2話「シャンパンを1杯」Champagne per uno

アメリカ政府と悶着がありイタリアへ亡命したウルフとアーチーが活躍するという設定のテレビシリーズの中の一話です。
設定は奇抜ながら丁寧なドラマ作りのシリーズとなっています。
また、アーチーとウルフ以外は協力者も警察も現地の人間のため、原作とは一味違った人間関係が楽しめます。

依頼人の性格や事件の再現を実際の事件現場で行うなどちょっとした変更はありますが、物語自体は原作に忠実に進行します。しかし、実行犯の裏に真の犯人ががいるという原作とは違う展開が最後に明かされます。
その他の特徴としては、原作や上記アメリカ版ドラマよりもアーチーの後悔が前面に押し出され、事件のシリアス味が強くなっている所になります。

原作に忠実に進みながらも、事件自体には深く絡まなかった原作の要素が重要な意味を持つように変更になっており、原作既読者も楽しめる一作です。

ドラマ概要
脚本/グラツィア・ジャルディエッロ
演出/リチャード・ドナ
時間/96分

キャスト
      ネロ・ウルフ/フランチェスコ・パノフィーノ
 アーチー・グッドウィン/ピエトロ・セルモンティ
     ナンニ・ラーギ/アンディ・ルオットー
   ローザ・ペトリーニ/ジュリア・ベヴィラクア
   グラツィアーニ警部/マルチェロ・マッツァレッラ
スパルタカス・ランゼッタ/ミケーレ・ラ・ジネストラ
        ボードン/ダヴィデ・パガニーニ
        ガスパレ/サルバトーレ・ランジェラ

  ルイーサ・グランディ/アニタ・ザガリア
 チェチリア・グランディ/ロベルタ・マッテイ
   エドアルド・バッシ/アレッサンドロ・リチェチ
 アウグスト・ドッセーナ/エマヌエーレ・サルチェ
         ノエミ/エウジェニア・コスタンティーニ
    ルチア・タンツィ/カテリーナ・ミサシ
   チーコ・グランディ/ピエロ・カルダーノ
      エヴェリーナ/ファビアナ・フォルミカ
   イヴァナ・タンツィ/エレオノーラ・イヴォーネ



ネロ・ウルフ長編既読リスト

読んだことがあり印象に残っている作品について記録しておきます。
☆はお気に入り、〇は☆ではないけど面白かった作品です。

 01.毒蛇(1934)
〇02.腰抜け連盟(1935)
 03.ラバー・バンド(1936)
☆04.赤い箱(1937)
☆05.料理長が多すぎる(1938)
☆06.シーザーの埋葬(1939)
〇07.我が屍を乗り越えよ(1940)
☆14.編集者を殺せ(1951)
 17.ザ・ブラック・マウンテン(1954)
 19.殺人犯はわが子なり(1956)
〇21.シャンパンは死の香り(1958)
☆22.殺人は自策で(1959)
〇26.母親探し(1963)
〇28.ネロ・ウルフ対FBI(1965)
 33.ネロ・ウルフ最後の事件(1975)


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