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アガサ・クリスティー『チムニーズ館の秘密』The Secret of Chimneys(1925)紹介と再読感想+漫画・ドラマ感想

アガサ・クリスティ 山田順子訳『チムニーズ館の秘密』東京創元社, 2024

お屋敷ミステリーの側面もある初期の冒険物。創元で新訳が出たので再読しました。


あらすじ

友人のジミーから大物政治家の回顧録を出版社に、とあるご婦人に手紙の束を届けてほしいと頼まれたアントニー・ケイドはイギリスへと降り立った。しかし、回顧録を狙ってヘルツォスロヴァキアの要人やイギリスの政治家など様々な人間が接近してきて、あまつさえ命まで狙われる。
錯綜する状況の中、全ての秘密はチムニーズ館に集まり、事件は思いもよらぬ展開をみせていく。


紹介と再読感想

殺人事件に怪盗キング・ヴィクターが狙う宝石、回顧録の行方に秘密結社との攻防などを、ユーモア溢れる会話でくるんだ、クリスティー初期でなければ味わえない要素がてんこ盛りの一作であり、バトル警視の初登場作になります。

舞台がチムニーズ館に移ってからは基本的に館の中で物語が繰り広げられるため、冒険物の中ではお屋敷ミステリの側面が強く感じられます。
要素だけ取り出すとごちゃごちゃしてそうなのですが、骨子を殺人事件と宝石の行方に絞っていることもあり、本格謎解きと比べると緩いですが、読んでいる間は謎解きミステリを読んでいるのと変わらない形で読むことが出来ます。

国際的なあれこれは表面の装飾であるため、ツッコミどころはあっても意外と本筋を楽しむうえではあまり気にならない程度だと思います。

また、謎解きが緩いと書きましたが、最後に過剰なほどに明かされる真相への伏線は、思わせぶりなものも含めて多く配置されているため、名探偵ケイドの謎解きも楽しく読むことが出来ます。

バトル警視は初登場から頼もしく、情報の差でケイドが謎を解きましたが、同じ情報があればバトル警視も間違いなく事件を解決していたであろうという安心感がありました。

アントニーやヴァージニアだけでなく、ケイタラム卿やバンドル、ジミーにジョージなど、4年後の『七つの時計』の主要キャラ達もいい味出しており、久しぶりの再読でもライトなお気楽謎解きミステリーとして楽しめました。

「探偵小説というやつは、ほとんどいいかげんなものです」警視は淡々といった。「しかし、読者を楽しませてくれますがね」思いなおしたように、そうつけくわえる。「ときには参考になることもあります」
「どんなふうに?」ケイドは興味津々だ。
「世間の人々は警察はマヌケだという考えを植えつけてくれます。そういう考えが広まると、殺人犯が素人の場合、こちらに有利に働くんです」

アガサ・クリスティ 山田順子訳『チムニーズ館の秘密』東京創元社, 2024, p.277

幻の戯曲版『チムニーズ』

1931年に上演されるはずだったクリスティー自身による本作の戯曲版。しかし、一度歴史の中に消えてしまい、2001年に発掘、2003年に上演されるまで存在が幻となっていました。

日本語訳が出て欲しいなと思いながら中々でないので、最近原語の脚本を買ったのですが、英語が苦手過ぎてまだ最初の部分しか読めていません。
しかし、その部分だけでも

・友人のジミーはカットされ、アントニーが直接回顧録を託される
・アントニーとビルが友人で、チムニーズ館以前のホテルで起こる出来事はアントニーがビルに簡単に語り、ビルからキング・ヴィクターについて聞く

と、小説の前半部分を上手くカットしながらまとめているのが分かるので、今後少しずつ読み進めて全体の感想を追記できたらいいなと思います。


榛野なな恵『アガサ・クリスティー作品集 チムニーズ館の秘密』集英社, 2006

榛野なな恵さんが『コーラス』2006年2月号に掲載し、『アガサ・クリスティー作品集 チムニーズ館の秘密』に「追憶のローズマリー」「ソルトクリークの秘密の夏(原作:ゼロ時間へ)」と一緒に収録されています。

60ページちょっとの漫画なので、秘密結社などの要素はカットし、チムニーズ館で起きる出来事にフォーカスした内容となっています。
原作でも枝葉と言ってよい要素をカットしており、漫画としてのキャラ立ても良いため、短いながらも原作の漫画化として面白く読める物になっています。

また、原作ではほんの少ししか出なかったバンドルの2人の妹も出番が増えているところも見所です。


ジュリア・マッケンジー主演『ミス・マープル』(英米)
 シーズン5 第1話「チムニーズ館の秘密」(2010)

あらすじ
1932年、チムニーズ館では各国の重要人物達が招かれて豪華なパーティが開かれていた。
23年後、ジョージは交渉相手のルートヴィッヒ伯爵の希望もあり、ケイタラム卿を説き伏せて重要な会合の場としてチムニーズ館を利用しようとしていた。
同じ頃、ケイタラム卿の次女・ヴァージニアは、街で暴漢に襲われそうなところをアントニー・ケイドという青年に救われ、二人は定期的に会うようになった。
そのエピソードをヴァージニアはミス・マープルへと楽しそうに語る。
ヴァジニアの母といとこであるマープルもチムニーズ館へと正体されていたのだ。
チムニーズ館に集う人々の思惑が渦巻く中で、過去の罪が現在に事件を引き起こす。

紹介と感想
ITV版マープルは原作の筋を利用する作品と改変する作品の差が激しいのが特徴ですが、今作は原作とは完全に別物と見たほうが良い作品となっています。

原作からの登場人物も人物設定が大きく変わっており、「チムニーズ館が舞台」「ケイドが庭から見たもの」「リッチモンドとは?」「宝石盗難事件」など要素はありますが、完全オリジナルとして観た方が間違いないです。

良い所としては、警部が知的な雰囲気でマープルとも良い関係を築いていること、ドラマの殆どをチムニーズ館で展開し作品のメインとして館の存在感があること、原作の軽妙さはないですし種明かし後の人間ドラマに納得できない部分もありますが、ミステリーとしては一定の面白さがあるところになります。

しかし、個人的には、原作へのリスペクトが低いと思ってしまう部分が多く、原作で好きだったキャラクターの改変に納得が出来ず、シリーズ中でも再見率のかなり低い一本になっています。

脚本:ポール・ラトマン
監督:ジョン・ストリックランド
時間:92分

キャスト
 ジェーン・マープル/ジュリア・マッケンジー(藤田弓子)

    ケイタラム卿/エドワード・フォックス(勝部演之)
    ヴァージニア/シャーロット・ソルト(魏 涼子)
ジョージ・ロマックス/アダム・ゴドリー(岩崎ひろし)
 アントニー・ケイド/ジョナス・アームストロング(綱島郷太郎)
      バンドル/デヴラ・カーワン(野沢由香里)
 ルードヴィッヒ伯爵/アンソニー・ヒギンズ(小島敏彦)
    トレドウェル/ミシェル・コリンズ(一木美名子)
    フィンチ警部/スティーヴン・ディレイン(金尾哲夫)

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