アガサ・クリスティー『茶色の服の男』The Man in the Brown Suit(1924)+殺しのブラウン・スーツ(1989)紹介と感想
アガサ・クリスティー 深町眞理子訳『茶色の服の男』早川書房, 2020
今回は、購入以来読めていなかったハヤカワ・ジュニア・ミステリ版で再読しました。
あらすじ
冒険に憧れていたアン・ベディングフェルドは、父親が死んだことを機に、僅かな遺産を持ってロンドンへと出て来た。
ある日のこと、アンは地下鉄のホームから男が落ちて死んだ現場に遭遇し、その死体に近寄った茶色の服の男が落としたメモを拾う。
その後、二人の男はサー・ユースタス・ペドラーの持ち家であるミル・ハウスで起こった女性殺害事件と関係があることが分かった。
調査の結果、サウサプトンから出港する船〈キルモーデン・キャッスル〉に乗ることを決意したアン。
船の上にはサー・ユースタス・ペドラー、その秘書のガイ・パジェットとハリー・レイバーン、金持ちの女性シューザンに諜報機関の人間だというレース、宣教師のチチェスターなど、一癖も二癖もある人物が乗船していた。
果たして、ロンドンで起こった男女の死に隠された真相とは?
アンは勇猛果敢に調査を行っていく。
紹介と感想
冒険に憧れるアンが勇気と機知、そして幸運にも助けられながら、犯罪界の大物❝大佐❞の正体を探る冒険ミステリーになります。
クリスティーとしては4冊目の長編であり、その筆致は若さに溢れています。
最後に読んだのが10数年前なので、記憶よりも本筋に入るまでが長いのに些か驚きました。
しかし、『秘密機関』と同じく、この本筋に入るまでの描写が面白いのが初期クリスティー冒険物の良さだと思いました。
本書における第1章から第2章で描かれるアンの生活の様子が個人的には一番面白かったです。
物語はアンの語りを中心に、合間にユースタス・ペドラーから提供された日記が差し込まれる形で展開されます。双方とも軽快な語りなのでスイスイと読み進めていけます。
この、ユースタス・ペドラーの視点が合間に入ることで、中盤のイベントは起こるがストーリーとしてはあまり進んでいない辺りも楽しむことが出来ました。
ミステリーとしては、真犯人に繋がる描写よりも、多くの人間が正体を隠して暗躍している、その驚きを楽しむのが中心だと感じました。
個人的には真犯人である大佐の正体よりも、大佐の部下の真相に少し驚いたものです。
注意が必要なのは、1920年台イギリスから出た外国を舞台にした本なので、今の価値観で読むと様々な描写に引っかかりを覚えることになります。
また、アンの無鉄砲さや恋愛描写も人によっては引っかかる部分があるかもしれません。
上記の点を考慮して読むなら、キャラクター重視の冒険物ライトミステリーとして今読んでも楽しめる部分が多くある作品となっています。
また、本書を読んだ後は『アガサ・クリスティー自伝(下)』の「第六部 世界一周」を読むと楽しめると思います(本書のネタバレが書いてあるため、読了後の方が良いです)。
ドラマ『殺しのブラウン・スーツ』(1989)紹介と感想
脚本:カーラ・ジーン・ワーグナー
監督:アラン・グリント
時間:95分
アンはアメリカ人のカメラマンに変更となっており、きっかけとなる事件もカイロで起こるため考古学要素も父親の話も省略、始まって15分程でキルモーデン・キャッスルに乗るというスピード感で展開されます。
その他にも、レースの正体や扱い、❝大佐❞が武器商人になっていること、ブレア夫人の人物像など、登場人物周りの変更があります。
大筋は原作の物語を使用していますが、ダイヤの見つけ方が変更になっていたり、ハリーの過去が変わっていたりとドラマに合わせた変更が加えられています。また、真相究明の場面も変更となっています。
時間的制約とテレビドラマとしての制約が感じられる作りで、場面ごとの溜めが少なく全体としても何となくこじんまりとした作品になっていました。
サー・ユースタス・ペドラーの雰囲気が出ていた事と、トニー・ランドールの頑張っていた姿が印象に残ります。
原作の映像化を観たい人の期待に応えるものではなく、特にオススメではありませんが、軽い娯楽サスペンスとしては悪くない作品でした。
キャスト
アン・ベディングフェルド/ステファニー・ジンバリスト
サー・ユースタス・ペドラー/エドワード・ウッドワード
ガイ・アンダーヒル/ニコラス・グレース
ハリー・ルーカス/サイモン・ダットン
スージー・ブレア/ルー・マクナラハン
ゴードン・レース/ケン・ハワード
チチェスター牧師/トニー・ランドール
その他の映像化
『アガサ・クリスティーの謎解きゲーム』Les petits meurtres d'Agatha Christie(仏)
シーズン2 第18話「L'homme au complet marron」(2017) ※日本未紹介