【七転び八起きの三転び目④】
移転したBRASS MONKEYを一緒に支えてくれていた大学生の卒業は大きな転機だったけど、それは精神的な転機であって真鍮製の猿はいつも通り止まることなく走り続ける。
そのまま大学を卒業したらお店で雇って一緒に働けないかなと真剣に考えたりもしたし、一緒に働きたいとも言ってくれていたけど、将来の安定や経済的なことを考えるとそれはどちらにとっても現実的なことではなかった。内定決まってたのトヨタだったしね、世界一の企業と張り合えるものか。
そういう別れってのは飲食業をやっていると多々あるもんで、一期一会で紙一重。
入れ替わりで入ってきた16歳フリーターの女の子が呆れるぐらい負けず嫌いで料理に真剣な子だったのは幸いで、古い言い方すると根性のあるコで仕事もすごい速さで覚えてくれたから、労働の負担はそんなに増えず、教えるのも楽しくて精神的にも楽だった。もちろん相棒がいなくなった寂しさはしばらく残っていたけど。
ビジネス面では知り合いのパティスリーとのコラボが大当たりして、イタリアンダイニングで本格的なパティスリーのケーキが出てくるバースデープランってのをやったんだけど、1日に4〜5件バースデープランの予約が入るというサプライズの演出どうしようみたいな日もあったりするぐらい、とにかく変わらずそれなりにBRASS MONKEYは常に忙しかった。
それに対してELECTRIC SHEEPは需要と供給のバランスを調整する必要性をヒシヒシと感じており、つまりお客さんが求めるスペイン料理専門店的な要素をどう強めるか高めるかって課題と真剣に向き合う時期に入っていた。
ちょうどそんなタイミングでホットペッパーが掲載内容を間違えるミスをやらかして、3ヶ月分だったかな、支払った広告料を返金させたんだけど、確か35万ぐらいだったと思う。そのお金が戻ってきた時にふと思ったんだ。
運良くというかなんというか予定になく戻ってきたお金だから、これはなんか意味のあることに全部使ってしまおうと。
それで何をしたかというと、冷静に振り返ってみてとんでもないなと思うけど、ELECTRIC SHEEPの店長も誘って2人でバルセロナに旅立ってみたんだ。
その頃の店長の悩みは料理には自信があるけど、スペインに行ったことないのにスペイン料理をやっているというジレンマで、それを払拭するための手っ取り早い方法がスペインに行ってみちゃうことだと思ったから。
帰りの飛行機でストライキにぶち当たって気がついたらドイツにいた話はいつか別で書くとして、バルセロナに着いてからは存分に食べ存分に飲み、CAVAの故郷と呼ばれる街にも足を運び、カンプノウで世界最高峰のフットボールも観戦し、ピカソ博物館を見つけたらもちろん入館し、わざわざRIEDELのグラスを購入してまでホテルの部屋のテラスでカタルーニャ広場を眺めながら高めのワインを堪能して、サグラダファミリアなんて3日連続ぐらいで見に行ったんじゃないかな、グエル公園もだけど、とにかくとことんスペインを、いやバルセロナを満喫してみた。
二起き目しながら三転び目するような、左足で跳びながら右足は見事に転んでるみたいな、猿と羊の成功と挫折の物語はまだまだつづく。