ザルツブルグ 幸せを運んでくれるあの味
オーストリアを訪れるなら、まずはウィーンへ、そして次に向かう町は、ザルツブルグなのではないだろうか。ウィーンから列車で片道約3時間、列車は頻繁に運行しているため日帰りも可能だ。
観光客にとってザルツブルグを魅力的にしている2つの存在は、モーツァルトと映画『サウンドオブミュージック』。モーツァルトはザルツブルグで生まれ、そこから世界へと旅立った。そして、天才音楽家を生み出した町ザルツブルグで、毎年夏に開かれるザルツブルグ音楽祭は世界的に有名だ。それから、誰しも耳にしたことのある音楽が有名な『サウンド・オブ・ミュージック』は、ザルツブルグで撮影されている。この映画のファンではなくても、ロケ地を訪れるとワクワクする。しかし、ザルツブルグの魅力はそれだけではない。私がザルツブルグの思い出に浸った時、幸せな気持ちを蘇らせてくれるものが他にある。
まずは、ザルツブルグの町を歩いてみよう。ザルツブルグは新市街と旧市街に分かれている。中央駅は新市街にある。最初の観光スポットに到着するまで、そこから歩くと15分ほどかかる。バスでもアクセスしやすいので、まずバスに乗って移動してみよう。
駅前を出発したバスは、5分ほどで「ミラベルプラッツMirabellplatz」に着く。そこから道路を渡ったところが、ミラベル宮殿だ。
この宮殿は、1606年に大司教ヴォルフ・ディートリヒによって、なんと愛人のために建てられたという。ウィーンではハプスブルク家の宮廷文化が栄えたが、ザルツブルグは教会の力が強く、大司教区として発展した町だ。そのため、このように大司教によって建てられた宮殿や要塞などの建物が残されている。この宮殿は、現在は市役所として使われている。ここの見所は、庭園である。色どり豊かなお花で整えられた花壇、噴水、彫刻など「ミラベル(美しい眺め)」の名前の通り素晴らしい景観が楽しめる。さらに、遠くにはホーエンザルツブルグ城も見渡せる。そして、ここがあの、映画『サウンド・オブ・ミュージック』で「ドレミの歌」が歌われた場所なのだ。マリアとトラップ家の子供達のように、ドレミの歌を心の中で歌いながら歩いてみる。
美しいミラベル庭園の中を通り抜けると、マカルト広場に出る。ここにはモーツァルトが17歳から住んだ家、「モーツァルトの住居」もある。広場を抜けて川沿いに出よう。このザルツァッハ川の向こう側が旧市街だ。
さっそくマカルト橋を渡る。この橋には、鍵がたくさんかけられている。「Liebesschlösser愛の鍵」と呼ばれ、恋人たちが幸せを祈って鍵をつけるのだそうだ。
さて、この鍵をつけるという目的がない方も、是非このマカルト橋の上で立ち止まって欲しい。旧市街側の高台に、白いホーエンザルツブルグ城塞が見える。このお城は、この橋の上からの景観が一番美しいと私は思う。
そして、橋の反対側を見ると、新市街側には、高級ホテルのザッハーが見える。このフォトスポットは見逃してはならない。
橋を渡り切ると、大通りがある。信号を渡って細い路地を通ると、ゲトライデ通りに出る。蛇足ながら、私はこの路地、日本食レストラン「長野」を目印にしている。初めてザルツブルグを訪れた時、ゲトライデ通りに出るには、日本食レストラン「長野」の前を通るとわかりやすい、と教わってから、いつも「長野」を探すことにしている。実際、「長野」さんにも何度も訪れて、日本食を堪能した。
その他にも、可愛い雑貨を扱うショップなどもあり、この小道は通るだけで心が躍る。
ゲトライデ通りにはアパレルショップ、レストラン、ファストフード店、パン屋さんなど様々なお店やホテルなどが並んでいる。歩行者天国になっており、観光客も行き交う賑やかな通りだ。なんといっても、この通りの最大の魅力は、可愛い看板が並んでいること。マクドナルドの看板ですら、この通りではおしゃれな看板になる。
そんな楽しいこの通りで、かつてモーツァルトは誕生した。
通りのちょうど中央辺りある黄色い建物には、「Mozarts Geburtshaus モーツァルトの生家」と書かれ、赤白赤3色のオーストリアの国旗がかかっている。中には肖像画や直筆の楽譜、手紙をはじめ、バイオリンなどが展示されており、とても興味深い。
ゲトライデ通りの突き当たりは、広場が続く。ドームと呼ばれる大聖堂やモーツァルトの像などもある。そして、ドームの裏手へ進むと、先ほどミラベル庭園や橋の上から見えたホーエンザルツブルグ城塞が現れる。ここもまた、大司教によって建てられている。高台に聳える城塞には、ケーブルカーで上がることができる。ガイドツアーに参加すると城の内部の見学もできるが、外のテラスからの景観だけでも十分に楽しめる。また、この城塞では、夜室内コンサートが開かれており、美しい夜景と共に、モーツアルトの曲などを気軽に楽しむこともできる。
さて、ここでザルツブルグの街歩きは終わりにしよう。ザルツブルグと言えば、忘れられないもの、それはあのデザート、「ザルツブルガーノッケルンSalzburger Nockerln」。
ザルツブルグの郷土料理で、スフレのような焼き菓子。Nockerlノッケルとは団子を意味しており、ザルツブルグの山々を団子に見立てたふわふわの焼き菓子という意味がある。卵白を泡立てて、小麦粉と砂糖を入れてオーブンで焼くだけなのだが、あのふわふわな感じ、口に入れた瞬間に溶けて甘さが広がる感じ、それはもう夢心地の気分だ。私はウィーンに住んでいる間に幾度となくザルツブルグを訪れる機会があったが、このザルツブルガーノッケルンを食べたことは、数えるほどしかない。私の中では、幻のお菓子のような存在なのだ。
なぜあれほどザルツブルグに行っていたのに、この絶品のデザートを食べる機会に恵まれていなかったのか考えてみた。そもそもこのお菓子は、注文できるのが2人前からで、注文してから時間がかかる。そのため、時間に余裕がある時でなければ口にすることができない。私がザルツブルグに行く時は、日帰りもあり、泊まりで行くとしても、仕事で一人で行くことが多かった気がする。そのため、友人と旅行した時、夫と休暇で訪れた時だけが、この幻のデザートをゆっくり味わうことができた数少ないザルツブルグ滞在だったのだろう。なんとも残念なことを…。
いや、過去を悔いても仕方がない。ザルツブルガーノッケルンを食べた幸せな時を思い出そう。スプーンでそっと柔らかい生地をすくって口に入れてみる。甘いけれど、しつこさは全く感じない。スッと溶けて、あっという間に終わってしまう。あー、今度はいつこれを口にすることができるのか。いつでも食べられるものではないとわかっていえるからこそ、余計に至福のひとときを味わえる。
さあ、美味しいディナーの時間も終わった。歩いてホテルに帰ろう。
マカルト橋を渡って新市街に戻る。橋の途中でふと振り返る。昼間見た青空の下に立つホーエンザルツブルグ城塞が、黒い夜に浮かび上がっている。幻想的なホーエンザルツブルグ城塞は、厳かに町を見守ってくれているようだ。