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【短編小説集】どこかの世界の少し怖い話/第一話 自亡請負会社・表 ③焦慮
③焦慮
「自亡請負会社」 “ ジボウウケオイカイシャ ” と読む。
その名のとおり “ 自ら ” を “亡くす” ことを請け負う会社である。
毎年発表される公示地価ランキングでは常に上位に入る、歓楽とビジネスが入り交じった全国的にも有名な街。その目抜き通りに面した35階建てビルの最上階を独占してこの会社はある。
ここへ来る者の “ 目的が目的 ” なだけに、他の人との接触を避けられるよう、地下駐車場から最上階への直行専用エレベーターが用意されている。一応、各階止まりのものも最上階には行くのだが、スタッフ以外で利用する者は殆どいない。
エレベーターを降りると、目の前は広いガラス張りのエントランスとなっており、入ってまず初めに目に入るのが、波線を主体にしたテクスチャの白いパーテーションである。その中央上部には、カバーガラスで覆われた「政府公認/自亡請負会社」という社名が掲げられている。
一般の訪問者には、そこに置かれた内線電話で、用件のある相手を呼び出してもらうことになっているが、“ 来社相談 ” を予約している者、または “ 自亡契約 ” を結んでいる者は、右奥にある木目調の扉に付いている電子錠に “ 登録番号 ” を入力すれば、自由に入室することが出来るようになっている。
その木目調の扉を入ると、左手にライトグリーンの受付カウンターがあり、二人の受付係が、丁度、エントランスのパーテーションの裏側を背にした位置に座っている。
カウンターの前は待機スペースである。木製の丸テーブルとソファーのセットがいくつか置かれているが、その間隔は広く取られており、要所要所に置かれた観葉植物によって、お互いの視線が気にならないように上手くレイアウトされている。
壁は白一色、床は緑と黒を交互にしたタイルカーペットで統一され、聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、どこかの国の民族音楽かと思わせるような曲が常時流されている。
その待合スペースの奥、すなわち、受付カウンターの向正面の中程から、幅3mほどの通路が真っ直ぐ奥へ伸びており、その両側に6室ずつ、合計12室のガラス張りの接客ルームが並ぶ。
通路は接客ルームの先でT字に分かれており、左側にはスタッフの業務室、会議室があり、右側には政府関係者や重要な取引先などが来社した場合に使用する特別接客室が2部屋、そして、そのさらに奥に私のオフィスはある。
その日、私は、翌週に “ 黒縁の丸眼鏡をかけた痩せぎすの男 ” へ提出しなければならない、一週間分の業績報告書をまとめていた。そして一向に回復していない数値を見て頭を抱え、半年後には “ 刑務所 ” へ戻らねばならなくなるかもしれない状況であることに、改めて “ 焦り ” を感じていた。
しかし、頭を抱えたところで、どうすればよいか分からない。そもそも私はただの “ 犯罪者 ” なのである。私にあるのは “ 犯罪能力 ” であって 経営能力ではないのだ。しかも、赤字経営へ転じてからというもの、あの “ 黒縁の丸眼鏡をかけた痩せぎすの男 ” のせいでスタッフの人数は減らされ、追加の宣伝広告費さえ承認されなくなっている。
赤字を解消するためには “ 利益 ” を増やさなければならない、ということだけは確かだ。しかし “ お客 ” を増やすための経費は認めてもらえない。とするならば、今の限られた “ 依頼 ” 一件一件の利益を増やすしかない。しかし、それにはどうすればよいのだ・・・。
報告書に何かしらの数値を入力するたびに、頭を抱えるようにして同じことを繰り返し考えるが、全く具体的なアイデアは出てこない。
受付からの内線電話が鳴ったのは、朝から繰り返される “ 焦り ” と思考に、精神的にも体力的にも疲れを覚えてきていた頃であった。
「予約をされずに来られたお客様が、どうしても説明をお聞きになりたいとおっしゃられているのですが・・・。」
来社はすべて予約制になっている。
それは、予約時に、ある程度内容を確認したうえで担当を決め、前もって資料の用意や、その要望に法律的な問題が無いかどうかの確認をする決まりになっており、急に来社されても対応できないからである。
ただ、精神的に追い詰められている人にとっては、“ 予約を取る ” などという心の余裕はなく、いきなり来社してくるケースは少なくない。
だからこそ、そういった場合のために、エントランスと受付のある部屋をセキュリティ・パーテーションで仕切り、“ 登録番号 ” がなければ、勝手に入室出来ない作りにして、予約・契約のない者は、全て内線の電話口で断れるようにしているのだ。
もちろん、単に冷たく拒否するわけではない。しっかりした対応をするためには前もって準備が必要となること、また、冷静さを欠いている状態で説明を受けても内容は理解できず、内容を理解しないまま契約しても、結果的には “ 良い死に方 ” はできない、ということを伝え、予約を取り、落ち着いた心境で改めて来社されるようにお願いするのだ。
ほとんどは、これで引き下がる。
しかし、中には全く聞き入れず、エントランスに長い時間居座る者もいるが、そういう場合の対応は決められていた。
「いつものようにご説明してお引き取り願えばよいでしょう。あまりにしつこい場合は、しばらくの間、エントランスの電話回線を止め、それでも帰らなければ、警備員を呼ぶのが決まりになっているはずですよ。」
そう伝えたが、受付係によると、その者は既に入室してカウンターの前にいるらしい。待機スペースにいる “ 他のお客の目 ” もあり、強制的に退室させるわけにもいかない、ということであった。
社内では、お客の精神的動揺を避けるため、大きな音や声は厳禁とされているのだ。
それにしても、どうして入室できたのか。
予約か契約をしていなければ “ 登録番号 ” を持っていないはずである。誰かが入室させたのか、それともシステムの誤作動か。
私は、社内の監視映像が見られるパソコンを開き、受付に繋いだ。カウンターの前に立つお客が映るように、後ろのパーテーションの上部に隠されてカメラは設置されている。
見ると、それは小柄な女性であった。
カーキ色の大きめのMA-1にTシャツ、下はジーンズにスニーカーという服装。黒のニット帽を深くかぶり、さらに、前髪を目の下まで覆うように出しているため、顔はよく見えない。
「そもそも、何故、私に連絡するのです。部長はどうしたのですか。」
朝からの疲れもあり、私は少しイライラし始めていた。
“ 部長 ” は、私の代表に次ぐ役職であり、現場業務のトップでもある。会社の責任者が代表、現場責任者が部長ということである。
この会社に入る前は、大手の生命保険会社で働いていたが、政府によって引き抜かれた、と聞いている。
私と違って、会社設立構想、準備の段階から携わっていたため、私を上司と思っていない節があり、何かと意見を言ってくる、少し面倒な部下である。
「もちろん、はじめに部長へ連絡致しました。しかし、接客中とのことで・・・。」
受付担当は、それ以上は言いづらそうに語尾を濁した。
私は、それを代表と部長の板挟みにされた “ 困惑 ” と取り、受付係を責めても仕方の無いことと思い直し、深い呼吸を何度かして心を落ち着かせた。
そして考え直した。
何も、あちらから飛び込んできてくれたものを逃す手はない。予約もせずに来た客だ。相当切羽詰まっているに違いない。これは、契約者を一人増やし、利益を稼ぐチャンスなのではないか。
ただ問題は、担当するスタッフをどうするかである。
「手が空いているスタッフはいませんか?」
「はい。皆さん現場に出ているか、接客中でして・・・。」
返事の声は小さい。
お客が前にいるため、聞かれないように話しているのだろうか。
(まったく、あの “ 黒縁の丸眼鏡をかけた痩せぎすの男 ” が人員削減などするから、稼げるときに稼げなくなるんだ。刑務所に戻されないためには、こういう客をどんどん捕まえていかなければならないというのに。)
私は思いきって決断した。
「分かりました。少しだけお待ちいただくようにお伝えして下さい。私が対応しましょう。」
この会社へ来てからお客と直に接する業務に携わることはなかったが、いつも部下が対応した契約の確認、承認をしているのだから、内容説明や契約の締結くらいは出来るはずである。
とにかく、今は一人でも多くの “ 契約者 ” が必要なのだ。しかも、利益を荒稼ぎできそうな客だ。逃がす手は無い。契約までさせてしまえば、こっちのものだ。あと数ヶ月で少しでも業績を上げておかねば、私は “ 刑務所 ” へ戻されてしまうのだ。
“ 焦り ” そう、焦りが私を動かした。
受話器を置くと、説明や契約に必要な書類を揃え、もう一度、深い呼吸をしてから部屋を出たが、その歩く速度は速かった。
《④面談》へつづく(執筆中・近日追記・投稿予定)
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