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地域で描く「わたし」と「仕事」#2 遠い地で移住者を増やす新たな挑戦!

モトムットでは、筑後地域の仕事の魅力を伝えながら、UターンやIターンといった地方移住の促進にも積極的に取り組んでいます。
 第2回は、埼玉から八女市に移り住み、現在は移住体験ができる「里山ながや・星野川」の管理人を務める沖さんに話を聞きました。


八女杉を使った移住施設「里山ながや・星野川」

モトムット)木がふんだんに使われていて凄いですね!

沖さん)そうですね!地元の八女杉を使って作られています。お風呂の浴槽も木で出来ているんですよ!
モ)珍しいですね!これはなかなか贅沢だなー

沖)もともと小学校があった場所に建設されているので、外では子供たちが広い場所で遊ぶこともできるんです。こうした自然豊かな環境で過ごしたいということで、おかげさまで入居者は満室の状態になっています。

モ)これは確かに住みたくなります…

北海道から東京、そして八女へ。異業種からの新たな挑戦

モ)それではインタビューをはじめていきたいと思います。まずはじめにご出身はどちらでしょうか?
沖)学生の頃までは北海道の厚岸町(あっけしちょう)という所で育ちました。その後就職で東京に行ったという感じです。

モ)なるほど、そこからどういった経緯で八女に来ることになったのでしょうか?
沖)もともと東京で働いていた時に、トビムシという林業に関する会社に興味を持っていました。そのトビムシが八女で新たに林業6次産業化プロジェクトを行うということで八女林業見学ツアーを開催し、そこに一般参加者として参加したのが八女に来たきっかけです。

モ)そうだったんですね。
沖)その後トビムシに入社し、2017年の9月から八女に住むようになりました。移住と同時にプロジェクトに参加し、ここ(里山ながや・星野川)の建設については用地選定や大工さんの手配といった初期から携わっています。

モ)もともと東京ではそういった建設関係の仕事をされていたのですか?
沖)いえ、もともと全く関係のないシステムエンジニアをしていました笑

モ)確かに全然違いますね笑。どうして転職しようと思ったんですか?
沖)自分は楽しく仕事をしていたのですが、IT業界ゆえか結構病んじゃう人が多くて…笑
明るい業界に行きたいなーと思っていたことと、林業に興味があったということで転職をしました。

モ)奥さんからは反対とか無かったですか?
沖)実はその時ちょうど奥さんも仕事を辞めるタイミングで、どこか行きたいねと話をしていました。状況と気持ちが重なった時でしたので反対は無かったです。

八女にある人の魅力

モ)八女に来てみてどうでしたか?
沖)八女はポテンシャルのある町だと思います。また、人々が楽観的で北海道とは違う雰囲気です。住んでいてとても面白いですね。

モ)八女のポテンシャルはどんなところに感じてますか?
沖)様々な昔ながらの産業が残っているところですね。今の代の方が辞めちゃったら終わるという危うさはありつつも、それでもまだ諦めていないという力強さがいいですよね。
町の人も割と楽観的でそれが良い意味で作用しているんだと思います。
北海道はわりと耐え忍ぶ空気があるんですが、こっちの人は日々の生活を楽しんでいる雰囲気が感じられます。
そういう気質もあって住みたいと思いましたね。

モ)気質に惹かれて住んでいるというのは移住のきっかけとしては割と珍しいかもしれないですね。
沖)私は移住を最終的に決断するのはどんな人に出会えたかだと思っています。そういう意味では(移住しようと思えたのは)ツアーで出会った人たちがとても良い人たちだったからだと思います!


広まり始めた八女杉

モ)普段はどんな仕事をされていますか?
沖)色んな仕事をしているのですが、メインは製材所での仕事です。それと、施設管理などの仕事ですね。

モ)仕事のやりがいはどんなところに感じますか?
沖)もともと林業の元気が無いのをどうにかしたいと思っていたので、それに携われるのはすごくやりがいがあります。また、商業施設でも八女杉を使うお客さんが増えてきて、それは嬉しいですね。

モ)どんな商業施設で八女杉が使われていますか?
沖)「べんがら村」の共用スペースや「ららぽーと福岡」の中にある「うなぎの寝床」さんの内装でも使用していただいています。それと、九州国立博物館の収蔵庫でも使われていますね。

うなぎの寝床ららぽーと福岡店  【Photo:koichiro fujimoto】

モ)プライベートではどんなことをされていますか?
沖)実は仕事が結構忙しくてプライベートの時間がなかなか取れないんです笑

モ)田舎暮らしというとゆったりしたイメージがありますが結構バリバリ働いてらっしゃるんですね笑
沖)ですね。でも九州にせっかく来たので空いた日は道の駅巡りや、知り合いがマルシェに出店していたらそこに遊びに行ったりしています。


里山ながや・星野川思い出エピソード

モ)里山ながや・星野川を訪れた方で印象に残っていることはありますか?
沖)そうですね。都会に住んでいたお子さんがここにきて「お月様」という言葉を覚えたということがありました。

モ)確かにここだとはっきりと月が見えますよね!
沖)はい。他にもお子さんが気に入って夏場に毎週福岡から来てくださる二拠点居住の方もいました。近くで山村塾などもやっているので、そこで田植え体験をしたり、合鴨を絞めて食べたりもしました。

モ)そういう自然を学ぶ場というのは今時貴重ですよね。
沖)そうですね。あとはアレルギーが酷かったお子さんがここで生活をし始めて症状が良くなったなど、思い出に残っているエピソードは結構あります。

モ)逆に苦労されたエピソードなどはありますか?
沖)ここを建設する際に地元の方への理解を得るのが一番苦労しました。

モ)立ち上げから携わっているということでしたよね。
沖)はい。こうした施設を建設するには地元の方の理解は必ず必要ですからね。丁寧に回数を重ねて説明を行いました。実際に建設がスタートすると、地元の方も快く受け入れてもらえ、工事中に差し入れを持ってきてくださったりもしました。
今では畑を教えてもらったりもしています笑

地方移住のポイント

モ)田舎への移住を考える人は地元の方とどう関わったら良いか不安に思う方もいると思いますが、その点についてはどう考えますか?
沖)そうですね。人はみなさん優しいですが、やはりどこの地域もやんわりルールがあると思います。その点「里山ながや・星野川」では地域の方との関係構築といったソフト面のサポートも行っていますので、慣れやすいと思います。
私がそうでしたが、移住の決め手になるのは「どんな人と出会うか」だと思います。とりあえず何回か来て、旅行じゃ無い気分で過ごし徐々に地域に慣れていくことが大事だと思います。
そうしたことは、このような施設があるからこそできることだと思います。

八女に魅力を感じ、今度は自身が新たに移住者を増やす活動をしている沖さんにお話しをお伺いしました。

筑後地域だからこそ見つけられる新しい働き方や生き方を、モトムットで見つけてみませんか?

今回取材を受けていただいた方
氏名:沖 雅之
生年:1975年(昭和50年)
出身地:北海道

里山ながや・星野川についてはこちら↓

モトムットは筑後地区で新しいチャレンジを続ける企業を応援しています。


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