【Whiskey Lovers】Glenfarclas(グレンファークラス)シングルモルト12年、25年編
世の中には、一言で終われない事だって存在する。丁寧な無駄にこそ遊び心を込めたい。
「入り口のウイスキーがあるんです」
マスター・オブ・ウイスキーを目指す青年は、カウンター越しに聞き返さずには居られない呟きをした。
青年は、自分のウイスキーへの熱量と勉学のアウトプットのために動画配信を考えているとのことだった。一見、朴訥とした雰囲気からは伝わらない、真っ直ぐな芯を持っているのがその青年だった。
私は謙虚なその青年が、イベントがあればパンを徹夜で作り提供したり、月に一度自分のお店のパンを感謝セールと題して全品108円で提供しているのを知っている。それもそのごく一部にしか過ぎない。
ハッキリとした目標を持っている青年の生き方には、普段からそれを大きなことでも何でもない、だから話題にもしなくていいという空気がある。
「これで、少しでも皆が楽しくなれば良いじゃないですか」
その考えは、よく分かる。人の背景に何があるかは別に関係ない。それを聞きたくなるような生き方をしている現在の方が大事だ。要するに私は、私に似た感覚の青年がただ好きなだけで、それを一緒に楽しくする方法でその時間を味わいたいだけなのだと思う。
青年のお店のレシートには、こう書いてある。
自分のために仕事してるんじゃない
誰かの笑顔のために仕事してるんだ
こういうことを書かれるのも、嫌がるのは知っているが、私は私で、ここに書くことへの意味として最初に記しておきたい。
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「これが、グレンファークラスです。白州や山崎に製法が近くて、尚且つ価格が求めやすいのです。こういう美味しさから知って欲しいです」
ゲール語で「緑の草の生い茂る谷間」を意味するグレンファークラスは、こだわりのシェリー樽で熟成させるので果実由来の香りや後味をより引き立たせる。
くびれがキレイなグラスに注がれたグレンファークラスは、12年と書いてある。
「物語で考えるならストレートで、より語りたいのならロックで」
青年は、多くを語らず哲学を語るようにグラスを差し出した。
「コニシさん。これがコニシさんのウイスキーの入り口になります。どう感じますか?」
私は、正直ウイスキーをどう感じるかを語るには早いと思ったが、文学に感じるものと同じ考えで良いのだと思うようにし、感じるままを語ろうと思った。受け止め方に正解はなく、それを単純に美味しいや、飲みやすいの一言では、終われない事を語ろうと思った。
「後味にくる余韻が、甘い香りを残して、お願いだからもう一度、もう一度だけお願い出来ないだろうかと、その手をつい引っ張りたくなる」
青年は、穏やかに聞きながら時間の余韻を楽しむように続けた。
「優しい気持ちになれる温かさがありますよね。そうやって考える時間、話す時間も楽しみの一つだと思っているんです」
青年が、私の緊張をほぐすように語りかけるので深く味わうことに成功した。そして青年は、おもむろにもう一つのグレンファークラスを注いだ。
「これが、25年です。比べてみます?」
見た目から分かるくらいに、歴史の深さを感じる琥珀色を漂わせ、それは私の前にやってきた。こうして、一つの飲み物に向き合ってその時間を楽しむのは人生で初めてだったが、ウイスキーは向き合う時間を有効にくれるお酒だと思った。
くびれがキレイなグラスを手に持ち、その香りから味わった。広がる世界が増えたような感覚になる。
口にした瞬間に、角がなくなった包容力のような完璧さを味わった。余韻がすごいがそれ以上は言わないでと言われている感じがした。
「どう感じました?」
青年が、今日一番の笑顔をしていた。
「完璧すぎてもう一度と言わせない後味だ。心はもう一度と叫んでいるけど、今日はここでお仕舞いが一番キレイよと言われた」
青年は、私の例えに笑いながらそれを聞いていた。良い時間が流れていた。
「で、コニシさん。どちらを選びます」
心地好いウイスキーの入り口に立った私は、最初から理想像に振り回されてこの先どうなるか不安になったが、この日の核心をつく質問に私は、この日を振り返り、そして自分の人生を振り返りながらこう言った。
「バレなきゃどっちも大事にする」
なんのはなしですか
再び青年が、今日一番の笑顔を見せた。
グレンファークラスの飲み比べが出来るお店は、こちら。
この街が楽しくなるのにやらない理由がない。
神奈川県伊勢原市沼目3-1-45
C'est la vie.(セラヴィ)
著 コニシ 木ノ子
監修 ちひろ