読了「再婚生活 わたしのうつ闘病日記」
大学時代、お金がなくて、でも小説が読みたくて、古本の文庫本を買いあさっていた。
面白い小説は、周りの世界から音を奪い去る。
ふわりと浮かんでどこか遠くへ連れて行かれたり、暗くて深い海の底に引きずり込まれたり、はちゃめちゃな世界で頭のねじが飛ばされたりする。
没頭の度合いで言うなら、知らない他人が隣の席でポップコーンを食べている映画より、おもしろい小説のほうがはるかに没頭できた。
なので、暇なときは、太宰治か筒井康隆か阿部公房を片端から読んでいた。
その当時、読みながら辟易していたのが、元の持ち主の痕跡だ。
私は、しおりを使う習慣がないので、かつては本の耳をちょっと折って「ここまで読みました」という目印にしていた。
だから、耳を折る人の気持ちは何となく理解している。
手軽にマーキングできて便利なんだよね。
でも、あれだって、気になる人はすごく気になると思う。
読んでいて集中がそがれるのはいやだろうな、と思うので、売るかもしれない本の耳は折らなくなった。
しかし、そんなことよりもっと嫌なのは赤ペンや蛍光ペンでびっちりと線を引かれることだ。
新雪の原っぱに、他人の足跡がついているくらいがっかり、げんなりする。
ここは、私の世界のはずなのに、誰よ、勝手に入ったのは?!と腹立たしくなる。
感銘を受けたなら、線を引かずにノートにでも書き写せばいい。
受験勉強の際に、さんざん言われたでしょうに。
「線を引いて分かった気になってる人、絶対わかってませんから」
と。
あれと全く同じだ。
せっかく心が動いたなら、どこかに記録しておく方がいいに決まっている。
忘れても構わない程度のことなら、線なんか引かないでほしい。
という、むかつき経験をたくさんしたので、卒業後、自分で稼げるようになってからは、新刊で手に入る本は必ず新刊で買うようになった。
本の世界に最初の一歩を踏み入れるのは、持ち主の私であるべきだから。
異様に前置きが長くなってしまったが、ここから話が矛盾する。
読了した山本文緒さんの「再婚生活 私のうつ闘病日記」は、近所のブックオフで入手した。
そして、古本で購入してよかったと初めて思った。
もちろん、小説ではなく「日記」だからというのは大きい。
連続した何かが描かれるわけではなく、日によってアップダウンする病状や、それにあらがうように無理矢理楽しもうとする山本さんの抵抗の日々が記録されているだけだ。
事件は起きたり、起きなかったり。
ファンだから読める作品なのかもしれないし、私も「うつ抜け体験」があるから飽きずに面白がれるのかもしれない。
両方かもしれないし、作家の力量かもしれない。
ところで、ブックオフで入手したこの本の、以前の持ち主はうつ病患者だったのではないかと想像する。
なぜなら、「わかる!」「そうそうそう!」と私が思うすべてのページの耳がおられ、赤線が引かれていたからだ。
これが小説なら噴飯ものだ。
ところが今回に限り、著者の山本さんと、前の持ち主さんと、私とで
「そういうことって、よくあるよねえ」
と茶飲み話でもしているような気分で読み終えてしまった。
もともと、私は何でもかんでも「自分が悪い」と判じがちな性格だが、うつ病の期間は特に、自分責めがひどかった。
たまに、どうしても外せない予定で人に会うときなど、寝たきりでふにゃふにゃになった背筋を無理やり起こして相対しているのに
「元気そう」
と言われるのが、とても辛かった。
言うほうに悪気がないのはわかっている。
しかし、
「すっごく頑張って、元気に見せているんだけどなあ」
「心配させないように、配慮してるつもりなんだけどなあ」
「期待通りに、うつっぽい顔してなくちゃいけなかったかなあ」
「そもそもうつなんかになるからだめなんだよなあ」
「やっぱ私が悪いんだ」
と、元気にみられた自分を責めるという、謎のモードに突入してしまい際限なく落ちて行っていた。
山本さんが、本の中で同様に
「元気そうで安心した」
と言われて、複雑な心境になるシーンが描かれている。
私は、大きくうなづいたし、当然のようにそのページは、耳がおられてマーキングされていた。
「わかってないね」
「うつをなめてるね」
「元気だったら、薬なんか飲んでないよね」
三人でぶつぶつ言いながら、闘病記を読み進めるという、不思議な読書体験をさせてもらった。
おかげで、引きずられずに済んだような気がする。
エッセイ集だと思って読むと、がっかりするかもしれないが、作家山本文緒のバックボーンを知るための資料だと思うと、かなり面白いと思う。
多分、うつ以前、うつ以後で作風が変わっていると思われるので、それを見つけるという楽しみができた。
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