こうなりたいの。
先日見つけた、何かのベリーの花。
そろそろ実がなったかと見に行ってみると、見事な草イチゴ畑になっていた。
「うほー!」
と大喜びで摘んでいると、あっという間に袋いっぱい。
大収穫だ。
これだけあれば、ジャムも作れるぞとホクホクしながら帰ろうとすると
「それ、食べるんか?」
と後ろから声がかかった。
ぎくりと振り返ると、麦わら帽子をかぶり、首からタオルを下げた痩身のおじさんが立ってこっちを見ている。
こういう時の私は、過去の経験から不必要に身構える癖がついている。
こんな場面で声をかけられるとしたら
「そこはうちの畑の一画だから、入らないでくれ」
「勝手に取るな」
などのクレームと相場が決まっている。
ところが、そのおじさんは違った。
「その辺は農薬を撒いてるから、こっちの方がいいぞ」
と自分の畑の敷地に招き入れ、まるまる育ったクサイチゴを存分に収穫させてくれたのである。
「育ててるんじゃないんですか?」
「そんなもん、刈っても刈っても、またすぐ生えてくる雑草や」
「えー!美味しいのに!」
「地元のもんは、見向きもせんわ」
おじさんの畑は、土留めの石垣で囲われ、周りより一段高くなっている。
学校の教室2つ分くらいの広さのこじんまりした畑だ。
けれども、小さく区分けされた畝がいくつも並び、いろんな作物が育てられているのがわかる。
小さいけれど、素晴らしい菜園だった。
「ありがとうございます!」
と、摘んだクサイチゴを半分置いて行こうと差し出すと
「いらんいらん」
と顔の前で手を振り、
「俺はこっちの方がいい」
と、クイっと盃を飲み干す仕草をし、ニヤッと笑う。
本当にいらないの?
全部私がもらっていいの?
なんて気前がいい人なんだ!
一気に親近感が湧き、こちらの身上を明かすと、「松山を気に入って移住してきた」というところが琴線に触れたようで、そこからしばらくは、おじさんの畑自慢にお付き合いさせていただくことになった。
畑は、どうやらおじさんの城らしく、本当にいろんなものが揃っている。
渋柿、甘柿、ビワ、タラの木、お茶、レモン、柑橘系の木が3本。
私が見てわかるだけでも、これだけの食用の木が植えてある。
南向きの斜面は、水捌けも日当たりも良く、何を植えてもよく育つのだろう。
畝には、玉ねぎ、じゃがいも、ニンジン、ニラ、パセリ、リーフレタス。
これから夏に向けて、ナス、トマト、オクラも植え付けてあるとのことだったが、葉っぱだけではよくわからなかった。
エリアの一画には、イノシシ避けの電線が張り巡らせてある。
おじさんが言うには、奴らは根菜だけ狙ってきて、葉物野菜は食べないから、根菜エリアだけ守ればいいのだそうだ。
へえ。
畑の隅には、2棟の小屋が並んでいる。
おじさんお手製の可愛いその小屋は、3年かけて建てたとのことで、ドアのデザインがとても凝っていて素敵だった。
一つは農具置き場、一つは収穫した根菜や柑橘を保管しておくための小屋なのだそうだ。
一通り説明を聞いて、目を上げると瀬戸内海に浮かぶ興居島の上に、夕陽が落ちていくところだった。
「うわあ……」
「今日は黄砂で霞んどるけど、いつもはもっと綺麗やで」
おじさんは、私の視線の先を追い、言う。
山際の高台にある畑はイノシシとのせめぎ合いが大変だが、この景色が見たいからやめられないのだ、と。
ふと思った。
これは、幸せの完成形じゃないのか?
美味しいものを育てて、綺麗なものを見て、必要なものは自分で工夫して作って、完成したものを愛で、生活を好きなもので満たし慈しむ。
憧れの暮らし方だ。
おじさんにそう伝えると
「よせよせ」
と照れながら、お土産を持たせてくれた。
また来てもいいらしい。
絶対また来るし、できれば弟子入りしたい。
**連続投稿826日目**