イン・ザ・プール/奥田英朗

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167711016

読了日2019/10/22
名医とは何か。

人によって好みが変わるのだから、名医の基準だって変わっておかしくない。
ペラペラしゃべる医者が名医という人もいれば、寡黙に手を動かす医者が名医という人もいる。

実際問題、このイン・ザ・プールに出てくる伊良部総合病院の神経科医(精神科医とも呼ばれてる)伊良部一郎は、この患者たちにとっては名医だった。

ビジュアルを目撃したらぎょっとすることは請け合いだけど。

丸々と太ったトドだとか頭にフケが浮いているとか、
多分街なかで見たら確実に避けて歩くタイプの人間である。

そのせいか、別な読書家サイトでは、この本の内容以前に伊良部一郎の人柄が無理という感想があった。

そうか?
まあ丸々と肥え太った姿に頭からフケをボロボロ落としておきながら自分は俳優になれるほどカッコイイと思うナルシストで超のつくマザコンで親の七光りを使いまくる、
ヤバイやつではある。

だが私は普通に読めたし楽しめた。

蒸し返すが、以前に読んだ15歳の子どもが特別医学生として活躍するお話より、よっぽどよかった。

伊良部一郎と特別医学生の子どもとどちらに診てもらいたいかと考えたら、私の場合は前者だ(本当はどっちも嫌だけど)。

その差はなんだろうか。

多分、患者への接し方なんだろうな。

伊良部一郎は、患者からはまずビジュアルでひどく嫌われるけれど、根底としてはものすごく人が好きなんだと思う。

一方、特別医学生の子どもたちは人が嫌いな子たちが多かったように思う。
出自が独特だったせいもあってか、人に対する距離感を自ら生んでいた。

私が後者の子どもたちが苦手なのも、自分がまだそうした一面を持っていて、
自分の嫌な部分を見せられていたからかもしれない。
というか、そうとしか思えない。

情けない。

イン・ザ・プールに出てくる患者も、全体的に情けない。

水泳依存
陰茎強直
自意識過剰
携帯依存
強迫神経症

自意識過剰の話、主人公の女は自他共に認める美人だ。
だからストーカーに遭った。
ストーカー撃退法として、伊良部にはストーカーが嫌がることをしてみたらと提案される。
そこで女は美貌を維持しつつ、振る舞いを汚くしていく。
だがストーカーは止まない。
精神が不安になり、仕事はうまくいかない。
パッとしなかった同僚が先にテレビに出ているし、後輩には抜かされるし、親友には同情されるのが恥だし、
何もかも最悪のまま、女は最後のプライドをへし折られる。

全体的に自業自得なんだけど。

ただ、彼女はプライドが高い。
富士山超えてエベレスト級。
下手すると大気圏レベル。

でも、それって悪いことじゃないと思う。
自尊心が強いことが日本では悪のように見られるから、この主人公も最後はボロボロになった(おかげでスッキリしたっぽいけど)。

でも「自分なら出来る」と自分に言い聞かせて、
それ相応の努力を続けていた主人公ではあるから、
報われてほしいところではあった。

まあ他人を蹴落とす性格の悪さがあったから、この主人公はダメだったんだけど。
というか女の世界、こんなにドロドロしてないと思うし……私がたまたま、そういう女たちに囲まれていなかったせいか?

男性作家の書く女の世界は、どうにも性格の悪い女しかいないな。

女性作家が男性から見たらありえないような同性愛の世界を書くから、どっこいどっこいだとは思うけど。

携帯依存は今の時代だとSNS依存に言い換えられる。
とにかく人と繋がっていないと不安になる少年が主人公だけど、今でも普通にいる。
周りはそこまで繋がりに依存していないのに、主人公だけは繋がりに依存(固執)している。
過去に登校拒否になった経験があるから、主人公はとにかくネアカになろうと必死だった。

無理。

ネクラはネアカにはなれない。
演じ続けるってことと嘘をつき続けるってことは、難しい。
というか、いっしょだな。

人間、無理は禁物。

だから頭がおかしくなって、伊良部一郎っていうちょっと頭のおかしい神経科にかからないといけなくなる。

そうはなりたくない私は(もうなってるかもしれんし治らないのかもしれんけど)、
無理はしないで生きる。

でも伊良部のところで働く看護師のマユミちゃんには会いたい。

友だちがいなくてさみしくない?と聞かれたマユミちゃんのセリフが最高だった。

「淋しいよ。でも、ひとりがらく」

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篝 麦秋
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