薫香のカナピウム/上田早夕里

読了日2020/03/08

はるか未来、人類の主な生活は樹上にあった。

赤道直下にある熱帯雨林、地上より40mも高い場所にある林冠はカナピウムと名づけられ、未来人の住まいとなっていた。
緑豊かな木々に実る果実を採って食べ、木の枝を跳び移りながら移動する一族の少女、愛琉はある日、【巡りの者】と呼ばれる旅する一族と出会う。
【巡りの者】の一人、鷹風と心を通わせた愛琉は夫婦になることを誓う。

一方、森の遠いところには宇宙と通じる最先端テクノロジーの建造物もあった。

やがて、ふたりが住まう森に遠くから移動してきた種族がやってくる。
北の森がウイルスによって滅ぼされているらしい。
すみかを求めて流れてきた者たち。
その北の森は【巨人】たちによって手入れされ、作り変えられていく。

最先端テクノロジーを操る【巨人】とは何か。
愛琉と鷹風たちのような夫婦はなぜ、【巨人】たちの介入がなければ子に恵まれないのか。

帯には「至高のファンタジー」とあるが、そこは上田早夕里先生、一筋縄ではいかない。
SFです。

さらに言うならば、原作版「風の谷のナウシカ」を彷彿とさせられるストーリーです。
あそこまで血みどろではないし、原作版崇拝者の方が私の至らないこんな記事を読んだら「劣化版だ!」と激高しそうなので、まあ、彷彿とさせられる程度というあたりでとどめておくとして。

はやい段階でわかるなのだけど、愛琉と鷹風にはおおよそ生物学的な性別といったものはない。
かといって社会的な性別もない。

愛琉はこの世界における「いたってふつうの少女」である。
木の上のある一定の場所に住み、仲間内で分けて食べる果実を採り、織物をして生活する。

鷹風が属していた【巡りの者】は、移動した先で見つけた愛琉のような一族と交流を深め、夫婦となる者を見つける。
そのため夫婦とならなかった場合、別な場所へ移動を続ける。

この鷹風、容姿でいうとかなり「女性的」。
【巡りの者】は仮面をつけて生活していて、深めとなった者のまえで初めて仮面を外す。
愛琉でさえ、鷹風の仮面の下は「男性的」な容姿をしていると思っていたのに、美少女と評しても差し支えない顔をしていた。
しかも、ふたりの場合、子どもを「産む」ような役割を果たすのは鷹風。
愛琉の体に男性器があるわけでもなければ、愛琉が生殖器を持っていないわけでもない。

そして彼女たちが子どもを授かる場合には、【巨人】との関わり合いが必要不可欠となる。
森の生き物たちはみな、自分たちだけで生きて子孫を残し死んでいくのに、なぜ自分たちだけは他者からの介入なしには子孫を残せないのか。

【巨人】とはいったいなんなのか。

私たちも他者との交流が不可欠な世界に住んでいることは間違いない。
なければ死ぬだろう。
交流などなくても生きていける、なんて強い人間はめったにいないし、果たしてひとりで生きていけることが強いことなのかどうかも、誰にもわからない。

ただ、人が一人で生きていくことは不可能ではないにしても、人が他の命と関わりなく生きていくことは確実に不可能だ。
この世に生まれ落ちる時点で、かならず生物学的な父母の存在があるのだし、食物を口にすればもうなんらかの命を食しているに違いない。

人は生まれたときからもう、一人ではない。
でも私たちは自分以下の誰か他人のぬくもりをひたすらに求めて「さみしい」と気軽に口にする。
つねに他の命と触れ合いながら生きていることを忘れている。

私たちのそばにはいつでも、なんらかの命があることを忘れてはいけない。

いいなと思ったら応援しよう!

篝 麦秋
サポート代は新しい本の購入費として有効活用させてもらいます。よろしければお願いします。

この記事が参加している募集