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『モンスター上司の暴走』

その報告は突然だった。昼休みも終わりかけた頃、営業課長の佐藤が深刻な顔つきで私のデスクに駆け寄ってきた。何か悪いことが起こったことは、その表情からすぐに察した。
「部長、石井のチームで、大問題が発生しました」

その一言で、私の胸がドクンと高鳴った。石井――営業のエースであり、3ヶ月前に昇進を決めたばかりの男だ。彼は数々の成果を上げてきたが、昇進直後から部下への強圧的な態度が報告されていた。そして、今まさに、その問題が顕在化したのだ。

「具体的にはどういうことだ?」
「部下が……倒れました。石井の過度なプレッシャーで、精神的に追い詰められて。今、本社にパワハラの報告が上がっています」

血の気が引いた。石井の強圧的な性格は昇進前から気になっていたが、これほどまでに深刻な事態になるとは思いもしなかった。私は頭を抱えた。自分が石井を昇進させたことが、この最悪の結果を招いたのだ。

3ヶ月前――。
石井の昇進が発表された時、社内では祝賀ムードが漂っていた。彼は3年連続で営業成績トップ、誰もがその実力を認め、昇進は当然の結果だと思われていた。しかし、私は内心、不安を抱いていた。

石井は、成績こそ抜群だったが、その強引なやり方が問題だった。会議では常に自分の意見を通すため、他人の意見をねじ伏せるような発言をしていた。

だが、上層部は彼の成果に目を奪われ、私の心配は誰も耳を貸さなかった。私も最終的にはその流れに逆らえず、昇進を承認してしまったのだ。
その時の判断が、今の最悪の結果に繋がっていた。

佐藤の突然の報告から、オフィスは一気に緊張感に包まれた。数名の部下が石井の過度なプレッシャーに耐えかねて本社に告発し、さらには複数の社員が精神的に限界を訴えて休職に入っていた。

私はすぐに石井を呼び出した。彼がオフィスに入ってくると、いつもの自信満々な表情を浮かべていた。

「部下が倒れたと聞いたが、どういうことだ」
私が切り出すと、石井はまるで他人事のような顔で答えた。

「部下たちが、私の期待に応えられなかっただけです。私は、彼らが成長するために、あえて厳しく接しているんですよ。自分がやってきたことをそのまま彼らに伝えているだけです」

私はその言葉に愕然とした。石井は自分の行動が正しいと確信し、部下たちに対して全く共感を持っていなかった。

彼は「成果を上げること」しか見ておらず、それが部下たちにどれほどの負担をかけているのかを理解していない。「石井、お前はリーダーだ。部下を潰して成果を上げても、意味がないんだ」

私は怒りを抑えながら言った。しかし、石井の目は冷たかった。
「部長、私のやり方は間違っていません。もし、これが問題なら、私が責任を取りますよ」

彼の言葉に、私は言葉を失った。石井は自らの責任を認めるつもりがないどころか、さらに強硬な姿勢を見せていたのだ。

その日の夕方、私は社長室に呼び出された。そこには、私の上司である専務の田中と、社長が険しい表情で座っていた。

「部長、お前が石井を昇進させた張本人だな。」

専務の田中が厳しい声で問い詰めてきた。私は深く頭を下げるしかなかった。

「申し訳ありません。石井の成果に目を奪われ、リーダーとしての適性を見誤りました……」

社長が静かに口を開いた。

「成果を上げることだけがリーダーの役割じゃない。人を導き、支えることができる力が求められている。それを見極められなかったお前に、この責任がある」

その言葉は重く響いた。自分の判断ミスが、組織全体に重大な影響を及ぼした。その責任の重さを、今まさに痛感していた。

「石井をどうするつもりだ?」

社長が再び私を問い詰めた。

「彼を降格処分とし、営業の現場に戻します。今後、彼にはリーダーとしての役割を任せることはありません……」

その数日後、田中専務と私は再び会議を開き、石井の問題について振り返ることになった。

「成果を出している人間だから昇進させる、それがどれほど危険なことか……」私は苦々しく口を開いた。

「石井のような人間には、報酬で報いればよかったんです。成果に対しては賞与や評価で応えるべきでしたが、リーダーの地位を与えるべきではありませんでした」

田中専務は静かに頷いた。「確かに、リーダーの器というものを見極めるのは難しい。だが、それを見誤るとこうなる。今後の昇進には、もっと慎重にならなければならんぞ」。

私はその言葉を深く胸に刻んだ。成果を上げるだけではリーダーとしての資質は測れない。リーダーには「徳」が必要だ。部下を導き、共に成長する力。それがなければ、組織は崩壊するのだ。

石井は最終的に降格処分となり、営業の現場に戻された。しかし、彼が引き起こした混乱はチームに大きな傷を残し、数名の部下は辞職してしまった。

私はこの出来事を通じて、成果だけを基準に昇進を決めることの危険性を改めて理解した。リーダーには、人を支える力が必要なのだ。今後の人事判断には、慎重さが求められることを痛感した。

私のテーマは「50代で得たリアルな人生戦略」を発信中。ビジネスや人生に役立つヒントや気づきをお届けします。迷いや悩みが生まれた時は、一緒に地図を広げ、進むべき道を探していきましょう!
@morizo_23

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