昔話 ライター修行 その56
恐怖の電話取材 その1
編集者からの依頼電話に始まり、打ち合わせ、取材のアポ入れ、資料や商品、ポジの借り出し、電話取材、原稿の催促電話に対するいいわけと、ライターのお仕事に電話は欠かせない道具のひとつ。
ところがこの電話というのが、意外に難関だ。仕事以外の長電話は好物のひとつでもある森下だけど、お仕事に関する電話は好きじゃない。いや、正直に告白すると大嫌いだ。
まずは、携帯電話が好きじゃない。友だちとの待ち合わせや、取材先に向かうとき、遅れたり迷ったりしてるときには "携帯電話を持っててホントによかった~。便利便利" と思わないわけじゃないが、たいていの場合は "バッグを重くする邪魔物" として、かなり冷たく扱っている。
かかってくる電話はたいてい "原稿まだですか~" 系の催促か、 "ゲラが出たんでどうしても今日来てもらわないと……" なんていう、出たあとでイヤ~な気持ちになる連絡ばっかしだ(催促される前に書けよ!というつっこみは、重々承知)。
どこにいてもかかってくる携帯電話って、ヒモで繋がれているみたいでとてもじゃまくさい。ときどき携帯電話を投げ捨てて自由な気分になりた~い、という妄想にかられたりする。
とはいうものの、どこかに忘れたり、バッグを探しても見つからないと、青くなっちゃう小心者なのだけれど……。
若い編集者の中には、仕事場の有線電話(っていうのかな?)に電話してくる前に、携帯に電話をかけてくる人が多い。
[注釈]今では当たり前のことですが(携帯・スマホに連絡)、当時は入社2~3年目くらいまでの若い編集者特有の習慣でした。
でも、森下は自分の仕事場(つまり自宅)にいるとき、携帯は充電器に刺さったままだ。おまけに取材後に解除するのを忘れてマナーモード(着信音が鳴らない状態)のままにしてたりする。
「も~、森下さん。何度も携帯にメッセージのこしたのに、なんで連絡くれないんですか~!」
って文句いわれても、森下はずうっと家で原稿書いていたんだよう(携帯電話は、車の助手席に忘れていた)ってときも。
用があるなら、仕事場に直接電話くれればいいのに~、と心の中で反論してみたりするが、携帯世代の編集者には森下の心の叫びは届かない。
さらに、森下の携帯がボロッちいせいか(森下の携帯を見て、ある女子高校生は目を丸くして "超アンティークな携帯!" とおっしゃった。たしかにiモードとかついてないけどさ、ついてたってどうせ使えないし、たったの3年前のヤツだよ~)、声がブチブチ切れてとても聞きにくい。自分の声も聞こえているのかどうか、とっても不安になってしまい、話す声まで大声になってしまう。携帯世代じゃないんだもん、あたし。
というわけで、出先で取材のアポ入れをするときは仕方なく携帯電話を使うけれど、外出中に大学の先生やお医者さん関係の電話取材となると(時間を指定されていて、家に戻る時間がないときなど)、近場の公衆電話を探し回るハメにおちいる。ところがこの公衆電話が最近、絶滅の危機に瀕しているので始末が悪い。
こないだなんか、やっと探し当てた公衆電話ボックスの中に人がいて、ジリジリしながら待ってたら、中に入っていた若い男の子は、なぜか公衆電話を使わず、自分の携帯でしゃべっていた。使わないんならさ~、森下にその電話使わせてよ~!!!!
でも、公衆電話で電話取材というのもこれまた大変なのだ。電話取材となれば、3分や5分じゃまず済まない。電話相手が都内ならまだましだけれど、北海道・沖縄に電話することもたびたびだ。取材の途中でコインやカードがなくなって、ぶちっと切れたりしたら相手に失礼この上ない。
5年ほど前に、NTTが "カードC" という料金後払い(家の電話料金といっしょに請求が来るテレカ)を作ってくれたから、今はまずその心配はないけれど、以前のコイン式公衆電話は、百円玉を何十枚も電話の上に積み上げて取材する、なんてこともあった(それでも途中で切れて、泣くに泣けない思いをした経験があるライターって、けっこう多いと思うんだ)。
おまけに、公衆電話ボックスってかなり狭い。電話取材をしながら、取材ノートにメモを取るのは至難の業。とくに森下はあんまり背が高くないので、高い位置にある公衆電話の上にノートを置いてメモを取ることになると、電話取材の間中、ずっと背伸びしっぱなしだ。
しかも、ボックスの外に人が待っていようモンなら気が気じゃない。足がつりそうになりながら背伸びをしてノートにメモを取り、ひたすら電話の相手に向かってウンウンうなずきつつ、待っている人にはペコペコおじぎして謝るその姿は、かなり異様だろう。
以前に比べて、電話取材はかなり増えてきたと思う。忙しい先生の中には、質問項目をメールで送り、時間を指定して電話で答えるというスタイルを確立した方が何人かいる。
一般の人の取材も、電話の方が話しやすいという人が増えてきた。とくに十代、二十代の若者達には "面と向かって話すよりも、電話の方が本音で語ってくれる" 傾向が強いように思うし、ディープな話題(SEXとか不倫系?)は、年齢が上の人でも、対面取材よりも電話取材の方が効果的なことが多い。
森下自身は、どんな取材でも直接逢って、相手の表情やその人が発する雰囲気を感じ取りながらの方が、取材がしやすいのだけれど、こういうご時世なんだからしょうがない。
電話を使った取材技術についても、まだまだ修行中の森下である。