ドラマ「ヒヤマケンタロウの妊娠」と私のマタニティライフ
Netflix、テレ東でも配信されているドラマ「ヒヤマケンタロウの妊娠」を観ている。
この作品は、子供を産むということ、家族の形についても、いろいろ考えさせられる。
男性妊娠、子供を産むということ
やり手のエリート広告マンでプレイボーイの桧山健太郎(斎藤工さん)は、ある日、自分が妊娠したことを知る。
子供の母親はフリーライターの亜希(上野樹里さん)で、お互い特定のパートナーとして付き合っていたわけでもなく、二人とも仕事が人生における一番の優先事項であり、自分のキャリアを中断してまで結婚とか子供を持つという考えはなかった。
"男性妊娠"というちょっと違う世界線での物語なのだが、細部までリアリティがある。とくに妊娠に気づいた初期からの桧山の様子には現実味があり、斎藤工さんの演技も臨場感がある。
桧山は妊娠が分かってから、常に吐き気、頭痛、倦怠感など体調が最悪で、やがて仕事にも支障をきたすようになり、自分が主導で進めていた大きなプロジェクトからも外されてしまう。
私も妊娠初期の頃は悪阻が酷くて、太るどころか逆に痩せてしまい、水を飲んでも気持ち悪くて吐いてしまうので、ほぼ一日中トイレに座って過ごしていた。
それでも安定期に入った6ヶ月目の時には、これからは自由に旅行も行けなくなるかもしれないと思い、大きくなってきたお腹で飛行機に乗り国外旅行も決行した。
妊娠後期になると、適度に体を動かすことも必要と言われ、よく歩くようにしていたが、その度に中にいる息子がお腹を蹴って暴れるので、苦しくて道端にうずくまり動けなくなる事も頻繁にあった。
自分のお腹の中に自分じゃない人間がいて、翻弄されている…という感覚を妊娠中は散々味わった。
亜希の先輩ライターで最近40代で出産したエリ(篠原ゆき子さん)は亜希に、
「でもさ、男の人が子供を産んでくれるなんていい時代になったよね」
「だって妊娠するって大変なんだよ。それはね、男の人がやってくれるなら、そんな素晴らしいことないよ」
「結婚に興味ないのは知ってるけど、子供は?産んでほしいと思ったことないの?
誰が産むにせよ、妊娠ってマジ奇跡だから」と言う。
考えてみれば亜希にとってもこんな好都合なことはなく、産むのもありでは?と説得を試みるも、亜希の打算を敏感に感じ取った桧山は、妊娠を他人事みたいに思ってるそこら辺の男と変わらないな!と激怒する。
これらのシーンを見るにつけ、自分の30代を思い返していた。
私も30代前半の頃は仕事がようやく面白くなってきたところで、出産どころか結婚も考えられないと思っていた。
そして、亜季と同じように家族や家庭を持つことに対してネガティブなイメージを持っていた。
しかし40代も目前になると ”なんか新しい世界に飛びこみたい“と亜季の先輩・エリが思ったように "子供を産めるものなら産んでみたい" と気持ちに変化が起こり、年齢的にもタイムリミットが迫っていたこともあり、その当時付き合っていた夫に "子供がほしい"と相談したところ「結婚より子供が先でも、何なら結婚せずに事実婚で子を産み育てることも、全然こっちの国では普通のことだしOK」という返事が返ってきた。
それから1年も経たずに妊娠がわかった時は、40年近くも休眠していたような自分の子宮と卵子が目覚め活動を開始したかのような、不思議な感動があった。
産む性と偏見、家族のかたち
桧山は仕事のこともあり、当初は中絶するしかないと、亜希に同意書の記入を求めていたが、同じ妊夫仲間・宮地(宇野祥平さん)との出会いもあり、徐々に、出産してみようと意識が変わってゆくと共に、外されたプロジェクトが多様性を前面に推し出した広告企画だったこともあり、桧山自身が "男性妊娠" という最大にインパクトのあるマイノリティのモデルになることを武器に、仕事でも見事返り咲くのだった。
「俺ひとりで育てるから。亜季には絶対迷惑かけない」と、桧山が出産の決意を伝える台詞も、男女逆転していて何とも奇妙な気持ちになる。
「あたしも子育てしてみようかな。ずっと仕事一本だったけど、そういうタイミングなのかなぁ」と亜季も言い出し、桧山は妊娠を継続することになる。
女手一つで桧山を育てた母(筒井真理子さん)に報告すると、「産んで終わりじゃないんだよ。子育てしながらだと今と同じように働けなくなるんだから」と、意外にも桧山の出産に反対する。
たしかに子供を持つって、産んだ後の子育ての方が何倍も長く大変なのだ。
私は高齢での妊娠・出産は割とスムーズにいった方だが、その後待っていた高齢子育ては体力的にもキツく、夫の助けがあったとは言え、しばしば地獄を見た。そしてそれは現在も終わったわけではない。
「この身を晒して自分の価値を上げる」
妊夫になっても野心満々の桧山は、自身がモデルとして広告に登場したことで一躍時の人となるが、自分には虚勢を張らずに話せる友達は一人もいないことにも気づき、妊夫仲間の宮地と共に、男性妊夫やその家族同士がちょっとした悩みごとなどを気軽に話せるオンラインサロンを開くことにする。
オフ会の集まりで、参加者の中には、相手の女性に妊娠を告げたら逃げられたという男性もいて、このドラマで男性妊夫たちに起きている様々な事は、まさにこれまで女性たちに起きてきた事なのだ…と、考えさせられる。
桧山は胎動を感じたり、妊夫としても充実し始めた矢先、宮地がウイルス感染したと連絡が入り、お腹の子もだめになってしまったことを知らされる。
宮地の妻(山田真歩さん)から、悲しいけれど、父親が妊娠していることで子供が学校でイジメられていることもあり、ほっとしている自分もいる、と打ち明けられる。
憤慨する桧山だったが、亜季とも互いの家族に対する考え方の違いが浮き彫りになり、一緒に子育てするのは無理だと告げてしまう。
亜季は、親との間に葛藤を抱えていた。
妹の結婚式に出るため田舎へ帰省すると、昔ながらの封建的な考えの父親は、東京で独り働く亜季を認めず、妹に先を越されて恥ずかしいと思え、早く結婚しろ、これ以上みっともない生き方をするな、と顔を合わせれば頭ごなしに否定してくる。
母親も「若い頃はやりたいことあったけど、あんた等が生まれていろいろ我慢してきたんだから」女の人生そういうものなんだから、"あんたも私たちと同じように生きないとダメ"とでも言ってるかのようで、聞いていて胸がムカムカした。
同窓会で男性妊娠が話題になると、同級生たちは、妊娠する男なんて気持ち悪い、男らしくない、旦那がもし妊娠したら産ませる勇気がない、相手の男が妊娠したなんてずっと隠さなきゃいけない、など偏見に満ちた言葉のオンパレードで、これじゃ亜季は田舎へ帰りたがらないはずだよな…と納得した。
あまりにも理解のない親に、亜希はついに、彼氏である健太郎が妊娠しており母親は自分だ、と告げる。
「男性妊娠って、あんなもん、まともな人間はならんだろう」偏見の塊のような父親に対し亜季は「そういうこと言う人たちとは私は一生分かり合えない」
「ちゃんと仕事もしながら、ちゃんと母親になるから、迷惑かけないしね、みっともない人生になんかしないから」と宣言する。
"女は結婚して子供を産んでこそ一人前" こういう呪縛からは逃げていいし、距離を置くしかないのだ。このエピソードは、過去に起こった自分と親との確執とも重なった。
「健太郎が何と言おうと、私はちゃんとその子育てるよ」
「私は偏見はなくならないって思ってるから。それでも私は健太郎とだったら、新しい形が築ける気がするんだよね」
亜季の言葉に、精神的に少し不安定になっていた健太郎も、ずっと不安で仕方なかった、やっぱ独りはしんどいよね。だから感謝してる。俺たち結婚しよう。と言うのだが、亜季は、結婚はまた別の問題、バランスを相談してゆこうと話すものの、そこのところはまだ健太郎はよく理解できていない様子だ。
少々不安が残る二人だが、パートナーとして一緒に子供を育ててゆく、というところは合意したようだ。
そんな健太郎の前に、突然、母からは幼い頃に亡くなったと聞かされていた父親、と名乗る男(リリー・フランキーさん)が現れる。
「父親っていうか、母親でもあるんだけどね…」薄ら笑いを浮かべるリリーさん。
えーーーっ!!それって…もしかして…!?
というところで、次回6話へ続くのだった。