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あの子の日記 「衝動」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集

「1番乗り場を列車が通過します。危ないですから、黄色い点字ブロックまでお下がりください」

貨物列車が駆け抜けておねえさんの美しい髪を乱す朝。ぼくはホームの待合室で、震える窓ガラスを眺めている。

電車が来るまでの数分間、線路の近くに立っていると呪いにかかってしまうって、今朝見た夢のなかで誰かが言った。それを信じているわけじゃないけれど、今日はなんとなく、椅子に座っておとなしくしているほうがいい気がした。

紫、緑、緑、むらさき、紫。
ムラサキ、むらさき、muraSakI、ミドリ。
midori、緑、greeN、みどり、purplE 。

くすんだ色をした大量のコンテナが騒がしく横切る。向かいに座っているサラリーマンは立ち上がり、待合室のスライド式のドアを開けて出て行った。外から吹きこんだ冷たい風は、今日を生きるエネルギーを失ったぼくの体を突き刺す。

リュックが持てない。立ち上がれない。歩き出せない。いっそのこと、線路に飛びこんですべてを終えてしまいたい。

これからぼくは、どこへむかって、あるいていけばいいんだ。

次第に意識が遠のいて、ここから先は覚えていない。ただ少し体が痛かったことと、小さく聞こえたアナウンスは覚えている。

「人身事故のため、運転を見合わせております。運転再開まで今しばらくお待ちください」

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あたまのネジが何個か抜けちゃったので、ホームセンターで調達したいです。