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春、はなびら

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#日常

あの子の日記 「最後のふたり」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集 サイフォンに残ったコーヒーを冷たいカップに半分注ぐ。温かいうちに飲みきれば良かったんだけど、今はそんな気分になれない。向かい合わせに座ったシュンタは、サイフォンとカップを空っぽにしてテーブルの端によけている。 話題が尽き、ここにいる理由もないのに「帰ろう」と言い出せないのは、今日が恋人として会う最後の日だからだろうか。別れ話がチャラになって、「やっぱり俺はお前がいい」なんてふざけた台詞を心のどこかで期待しているからだろうか

あの子の日記 「左折」

肌寒い夕暮れ、十字路の真ん中。パンパンに詰まっているくせにやけに軽い旅行カバンを両手に持った私は、カーブミラーに映った二人を見つめている。 よれたシャツを着たエンドウ君と、おろしたてのワンピースに身を包んだ私が、鏡の中であたたかそうな日差しに照らされていた。たしか、お花見帰りか何かだったと思う。エンドウ君のくすんだピンクのシャツが桜の色よりも綺麗に見えて、可笑しかったのを覚えている。 夏になったら豊田で大きな花火を見たいとか、来年は桜の通り抜けに行きたいとか、ほんの少し先

あの子の日記 「ホエイ」

食欲のない昼過ぎに何か食べるならヨーグルトくらいがちょうどいい。調理しなくていいし、スプーンですくって口に運べば、噛まなくたってそのまま飲みこめる。食べることも、寝ることも、なんなら起きていることも面倒くさく感じる今日のような日のために、冷蔵庫にストックしておくべきだった。 数日前からまともに食事をしていないせいか、予想外の春の暑さにやられそうになる。のそのそと座椅子から立ち上がり、食材に期待せず冷蔵庫を開ける。気持ちのいい冷気の向こうには、買った覚えのない大容量のヨーグル

わたしの日記 「ざらついた愛たちよ」

あの子の日記 特別編 出会った人のアンバランスさに惹かれたり引いたりしながら、またひとつ歳をとった。23回目の年齢更新をして数日たち、やかましい道路沿いの小さなカフェでコーヒーにミルクを入れながらこれを書いている。 白いカップに注がれた温かいコーヒー。鼻がつまってよく分からないけれど、たぶんいい香りがしている。限りなく黒に近かった茶色はミルクと混ざって、やさしい茶色に変化した。 そんなコーヒーをスプーンでくるくる混ぜながら、相変わらず真っ白なカップをうらやましく思う。ミ

あの子の日記 「さよならリボン」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集 誰かが椅子を引いた。椅子の脚と床がこすれた音はトロンボーンの音色に似ていて、シより半音低い音程だった。 もしかしたらどこかに奏者がいるんじゃないかと周りを見回してみたけれど、ショッピングモール内の小さなフードコートには私たちと似たような中高生がいるだけだった。 「さっきの聞こえた?」 「なにが?」 「椅子引いた音がB♭だった。あそこの東高の子たちのところ」 3年前、受験で落ちた東高の制服は県内トップクラスの可愛さだった

あの子の日記 「あふれる」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集 何もしたくない夜。こんな日には、みんな何をしているんだろう。 別に嫌なことがあったわけじゃないの。ただ私を支える核みたいなものが鉛のように重たくて、なんだか前向きな気持ちを吸い取られてるみたい。 胸のなかに溜め込んだものがいっぱいになるっていうのは、きっとこういうことなんだね。コップになみなみ入っている水みたいに溢れそうで溢れない何かが私の邪魔をしてる。 だから今はすごく温かい言葉に触れたい気分。触れて、優しい気持ちに