あの子の日記 「ホエイ」
食欲のない昼過ぎに何か食べるならヨーグルトくらいがちょうどいい。調理しなくていいし、スプーンですくって口に運べば、噛まなくたってそのまま飲みこめる。食べることも、寝ることも、なんなら起きていることも面倒くさく感じる今日のような日のために、冷蔵庫にストックしておくべきだった。
数日前からまともに食事をしていないせいか、予想外の春の暑さにやられそうになる。のそのそと座椅子から立ち上がり、食材に期待せず冷蔵庫を開ける。気持ちのいい冷気の向こうには、買った覚えのない大容量のヨーグルトが2つあった。
「ねえシュン、なんでおっきいの2つも買ってんのー?」
「だってさぁー、風呂上がりに食べたくなるじゃん?」
髪の毛をタオルでがしがしと拭きながら脱衣所から出てきたシュンは、「お昼どうしよっか。とりあえずヨーグルト食っとく?」と言って笑った。たしかに笑い声がして振り返ってみたけれど、そこにシュンの姿はなく、洗面台の鏡に反射した太陽が眩しく光っているだけだった。
シュンは、今日も明日もこの部屋に来ることはない。白いレースカーテンにオレンジ色がやさしく染みわたったある日の夕方、「好きでした。さようなら」と告白をし合って、半年弱の半同棲生活を経た私たちの甘い関係は終わってしまった。
人生のほんの一瞬を共有しただけの人なのに、失うとどうしてこうも悲しいんだろうか。日没とともに沈んでいった気持ちは太陽が昇っても沈んだままで、私は一人ぼっちで開けっぱなしの冷蔵庫の前にしゃがみ込んでいる。
シュンが買っていたヨーグルトの片方は、すでに3分の1ほど食べてあった。スプーンですくった跡のくぼみには、黄色味のある透明な液体が溜まっている。何かやばい液体が発生したのではないかとスマホで調べてみたら、それはホエイというもので体に良いらしい。
「おれ、これ嫌いなんだよね」と言ってシンクに流していたシュンは、ホエイというものを知っていたんだろうか。いつか新しい恋人ができてお風呂上がりにヨーグルトを食べるとき、「その液体って体に良いのよ。うふん」などと可愛い女に言われ、そこで初めて知るのだろうか。
この部屋でまだ誰も口にしたことがない未知なる液体に手を伸ばす。小さなスプーンですくってひと口舐めると、空っぽになった体にやさしい酸味が広がった。