宇宙から帰還後の宇宙飛行士の人生
引続き、以前ご紹介した「宇宙からの帰還」を読んでいます。
この本では、宇宙から帰還したアメリカ人宇宙飛行士12名へのインタビューをもとに、帰還後の彼らの意識の変化や、その後の人生が描かれています。
12名の宇宙飛行士の帰還後の人生は実に様々です。
アメリカがソ連と宇宙飛行競争を行っていた当時、宇宙飛行士はある意味、国を代表する選手であり、アメリカ人宇宙飛行士は「典型的なアメリカ人」でなければなりませんでした。
今でこそ、様々な人種の人が選ばれていますが、当時のアメリカ人宇宙飛行士は白人の男性ばかり。キリスト教を篤く信仰し、家庭円満なアメリカ人、それが彼ら宇宙飛行士に求められたイメージでした。
そんな宇宙飛行士が、地球軌道の周回を成し遂げたり、月面着陸を果たしたりして帰ってきたわけですから、当然、彼らはアメリカ中でヒーロー扱いされることになります。
帰還後の彼らを待ち受けていたのは、アメリカ全土での(時には世界各国を巡っての)祝賀パレード、歓迎会、スピーチの山、山、山でした。
国は国威発揚の絶好の機会とみて、彼ら宇宙飛行士を最大限、活用しようとしました。また、NASAも自らの活動をアピールして予算を確保する必要があり、彼らを大小様々なイベントに向かわせ、挨拶やスピーチをさせました。
特に、自分たちを支援してくれている政治家や実業家の頼みとなれば、決して断るわけにはいきません。
政治家も実業家も、宇宙飛行士の名声にあやかりたいのでした。宇宙飛行士と交流があったり、自社の役員名簿の中に宇宙飛行士が名前を連ねていたりすることが、政治活動や企業活動を行う上でとても有効なのでした。
それゆえ多くの宇宙飛行士が、宇宙から帰還後に様々な企業からオファーを貰うことになりました。また、そういった政治家や実業家とのコネクションを活かし、自ら政治家・実業家になる宇宙飛行士もいました。
一方、宇宙からの帰還者として、あまりにも多くの役割を求められ、それを苦に心を病んでしまった人もいました。
宇宙飛行士という肩書、これが彼らのその後の人生を大きく左右することになりました。
そんな彼らですが、宇宙空間から地球を眺めた時の感想は、一様に共通しています。
以下はインタビューを受けた12名の宇宙飛行士の中のひとり、ドン・アイズリの言葉です。
「眼下に地球を見ているとね、いま現に、このどこかで人間が領土や、イデオロギーのために血を流し合っているというのが、ほんとに信じられないくらいバカげていると思えてくる。」
「宇宙からは、マイナーなものは見えず、本質が見える。表面的なちがいはみんなけしとんで同じものに見える。」
「地表でちがう所を見れば、なるほどちがう所はちがうと思うのに対して、宇宙からちがう所を見ると、なるほどちがう所も同じだと思う。」
「地球上に住んでいる人間は、種族、民族はちがうかもしれないが、同じホモ・サピエンスという種に属するものではないかと感じる。」
「同じだという認識が足りないから争いが起こる」
宇宙から地球を眺めると、それはもう驚くほど美しいそうです。
また宇宙からは、航海している船の航跡や、中国の万里の長城など、地球の様子が驚くほどクリアに見えるそうです。
ある時、宇宙飛行士のウォーリー・シラーはベトナムのあたりでチラチラと何かが光っているのを見ました。それはとても美しい光でした。
最初、雷かと思ったそうですが、雷であれば雲の中で光るはずです。でも、その時のベトナムは晴れていました。
やがてその光の正体が分かりました。
それは、ベトナム戦争で交えられている戦火の光でした。
シラーは言います。
「私は軍人として生きてきた人間だから、どの戦争においても、戦争には戦争にいたる政治的歴史的理由があり、そうそう簡単には戦争がない時代がこの地球に訪れそうにないということはわかっている。」
「しかし、その認識があってもなおかつ、宇宙からこの美しい地球を眺めていると、そこで地球人同士が相争い、相戦い合っているということが、なんとも悲しいことに思えてくるのだ。」
今はインターネットも発達し、海外に渡航する日本人も、日本にやって来る海外の方も増えてきました。
国や宗教や人種の異なる方々と交流し、同じようなことに喜んだり悲しんだりして、「あぁ、この人たちも自分も同じ人間なんだなぁ」と感じたことのある人、多いのではないでしょうか。
それはつまり、そのような方々の存在を通して、私たち人間が何を喜びとし、何を悲しみとする存在なのか、そういった自分たち自身の本質に気づかせてもらっているということでもあります。
お互いに違いがあるからこそ、自分自身の中にある大切なことに気づくことができる。
違ってくれてありがとう。
私たち一人ひとりがそのような思いに至った時、この地球という違いにあふれた星は、果てしない発展を遂げる気がしてなりません。
東日本大震災の時、世界中から日本に多くの支援と応援が寄せられました。「Pray for Japan」の呼びかけのもとに、様々な国の人々が日本のために祈りを捧げました。
それは私たち人間が本質的に、「人の喜びを我が喜びとし、人の悲しみを我が悲しみとする」存在だからではないでしょうか。
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