フェミニズムと音楽 #2|ポップミュージックに込められた思想
昨年公開した「フェミニズムと音楽」シリーズ第二弾。今回は、2020年以降にリリースされたDua Lipa「Boys will be boys」とMarina「Man's world」の歌詞を詳しく解説しながら、ポップミュージックに込められたフェミニズムの思想について書いていきたい。
(前回書いた記事はこちら。ありがたいことに20,000viewを超えました...!)
Dua Lipa「Boys Will Be Boys」(2021)
2021年にグラミー賞を受賞し、勢いにのっているDua lipaの「Boys Will Be Boys」。大ヒットアルバム「Future Nostalgia」の最後を飾る曲で、女性であることの難しさがストレートに書かれている。「Boys will be boys」とは、「男はいつになっても少年, 男ってしょうがないもの」ということを示す慣用句のこと。一般的に、少年による暴力的だったり性差別的だったり、またはその他の容認できない行動の言い訳として使われている。
If you're offended by this song この曲に腹が立ったのなら
Then you're probably saying あなたはきっとこう言うでしょう
Boys will be, (×4) boys 男の子はずっと少年のまま
But girls will be women でも女の子は女性になる
この歌詞のサビでは、Boys will be boysというフレーズが何回も繰り返され、そして5回目に付け加えられるBut girls will be womenがとても耳に残る。"Girls will be women "という言葉は、男性はいつまでも少年のままだけれど、女の子は男の子よりもずっと早く成長することを強いられたり、大人びた振る舞いを要請されたりすることを意味している。
Dua Lipaは、2020年3月21日に掲載されたVogue Australiaのインタビューで、この曲について簡単に説明している。「私にとって(女の子であることの苦しみは)、学校から家に帰るときに鍵を拳に握りしめることでした......女性の人間的経験の多くは、男性を中心に展開されます。女の子は多くのことを経験しなければなりません。男性との対立を避けるために自分を隠し、セクシャルハラスメントを避け、言葉を投げかけられたり、猫をかぶったりします。誰かのライフスタイルに合わせて自分のやり方を変える。本当に悲しいことです」
彼女はさらに、この曲が彼女の個人的体験(女子校から帰るとき、団地の周りには自転車に乗った男の子たちがいて、彼らに声をかけられたり、追いかけられたりしたらどうしようと恐怖し、暗くなる前に家に帰らなければならないと常に思っていた)がこの歌詞の出発点となったことも明かしている。
そしてサビのワンフレーズ前で、こう歌われる。
If you're offended by this song もしこの曲で不快になったと感じるなら
You're clearly doing something wrong あなたは明らかに間違ったことをしている
この曲に対する「男性からの批判」というメタ的な目線を歌詞の中に取り入れることで、曲に対する反論にあらかじめ予防線が張られている。
フェミニズムに対する反発、つまり女性が「常にこのように気を遣って生きている」というメッセージを発信することで、「男性の全てが加害者じゃない(Not all men)」といった反発が出てくることが予想されるからだ。
このような流れはごく最近でも見られた。世界中の人々が3月8日(月)の国際女性デーを祝い、個人、企業、政府が女性への支援を表明。しかし、その直後に「not all men」というハッシュタグが流れはじめた。
その後、「#notallmenbutallwomen」というハッシュタグがトレンド入り。「すべての男性ではない、すべての女性」というフレーズは、すべての男性が女性に性的暴行を加えるわけではないが、すべての女性が女性差別の個人的な経験を持っていることを認めている。
世界中の女性たちが、性的暴行やハラスメントの親密なストーリーを共有しており、その多くが、不快な体験やトラウマになるような経験をした回数を数え切れないほど経験していると表明している。
こうした流れを、もしかしたら大げさだと感じる人もいるかもしれない。
このような「#notallmen」への反響は、ケント州の森林で33歳のサラ・エベラードさんの遺体が発見されたことにも起因している。彼女は3月3日、ロンドン南部で徒歩で帰宅中に失踪し、殺害された。
SNS上では女性たちが一人で歩くときに気をつけていることが話され、こうした行為が必要だという怒りもシェアされている。
「女性一人で帰る道に恐怖を感じる」というDua Lipa の個人的な体験は、その分大きな共感を生むだろう。
彼女の別のインタビューではこう語られている。「私は、この曲が会話のきっかけになることを望んでいます。また、ちょっとした目からウロコが落ちるような曲にしたいと思っています。誰かを怒らせたり、非難したりするための曲ではありません。でも、会話のために、そして変化を期待して、歌詞をかなり切り込んだものにしたかったのです。」
前回の記事では、女性のあり方を肯定的に捉えるエンパワメント・ソングを中心に紹介した。このアルバムの一番最初の曲である「Future Nostalgia」も、かなり強い女性像(famale alpha≒パワフルな女性)が歌われているが、最後にこうした女性であることの”弱さ”にフューチャーした曲で締めることには、彼女なりのこだわりが伺える。
社会は「力強い女性像」を全面に推し進め、女性たちを輝かそうとしてはいるけれど、その実、身近な性被害は今も続いていて、帰り道に一人で歩くことにさえ恐怖を感じる...そういったジレンマを、彼女はこのアルバムを通して伝えたかったのではないか、と勝手に推測する。
余談だが、歌詞中に出てくるNo, the kids ain't alrightという表現は、1966年にThe Whoが始めて使ったThe kids are alrightというフレーズをもじっているそうだ。Future Nostalgiaという言葉にふさわしく、懐かしさを感じさせるサウンドと現代的なサウンドの融合がこのアルバムの魅力でもある。
MARINA 「Man's World」(2020)
次に紹介するのは、MARINAの「Man's world」。
知らない人のためにここで少しMarinaのことを紹介しておくと、彼女は以前Marina and diamondsというアーティストネームで活動しており、2018年末にアルバム「Love+Fear」のアルバム発表を機に名前をMARINAに変更した。力強い独特の歌声と、アルバムごとに変わるキャラクター、歌詞に込められた深い洞察などが彼女の魅力である。
さて、Man's world というワードを聞いて、James Brown のIt's Man's Man's Worldを思い起こす人も中にはいるだろうか。
This is a man's world (この世界は男が作った)
But it wouldn't be nothing(だけれど)
Nothing without a woman or a girl(女がいなければ、何の意味もない)
(It's a Man's Man's Man's World - James Brown)
James Brownのこの曲は一見フェミニズム・ソングの先駆けに思えるかもしれないが、どちらかというと女性を持ち上げているようで、逆説的に男性の実績(男は自動車を、列車を、電灯を、船を、ノアの箱舟だって作った...)を述べ、地位を引き上げているように聞こえなくもない。ある種男性主義的な価値観からフェミニスト”的な”曲を作った、としておくのが妥当だろう。
この曲は当時の彼女であったベティ・ジーン・ニューサムがほとんど書いたのだが、そのロイヤリティがきちんと払われなかったとされている。そうしたことも含めて、いろいろと含みのある(?)曲といえる。
Joss Stoneの歌ったカバーはCHANELのCMに起用されたりして、耳に馴染みがあるかもしれない。
話題が少し逸れてしまったが、It's man's worldというのは、社会は男性に優遇された形で組織されており、権威ある地位のほとんどは男性が占めているということを示すことわざ的表現でもある。さて、ここからはMARINAの曲の歌詞を抜き出して見ていこう。
Burnt me at the stake 何世紀も前、私を火あぶりの刑にして
You thought I was a witch, centuries ago 私を魔女だと呼び
Now you just call me a bitch 今では私をビッチと呼ぶ
かなり重めな歌詞。witch(ウィッチ)とbitch(ビッチ)で韻を踏んでるのが面白い。MARINAの歌詞ではこうした言葉遊びがちょくちょく出てくる。ここでいう魔女とは言わずもがな中世の魔女狩りのことを意味しているが、攻撃の対象(=witch)であった女性が今では蔑視の対象(=bitch)となっていることを端的に表している。
Mother nature's dying 母なる自然が死んでいくのに
Nobody's keeping score 誰も記録していない
I don't wanna live in a man's world anymore ×2
男が支配する世界にはもう住みたくない
Anymore これ以上
Mother natureというワードからもわかるように、MARINAのいうMan's worldが、単なる男性優位社会というだけでなく、気候変動やエコ・フェミニズム(*)を包括する概念として言及しているというのがわかる。
(* エコフェミニズムは、「女性の抑圧と自然破壊には関連がある」と考える思想・運動のこと)
So don't punish me for not being a man 男ではないと罰するのをやめて
'Cause I'm not a man 私は男ではないから
”punish”という力強いリリックには、MARINAの強い意志が感じられる。この曲を通して彼女は、女性やLGBTQ+の人々が直面する不平等を正面から批判している。
(罰される人の対象について、男性という規範に囚われた人が”男性らしくない”人を冷遇する、という風にも捉えられるので、女性だけに向けたメッセージではないとも考えられる)
彼女は「Girls」で「Look like a girl but I think like a guy(女の子みたいだけど男の子のように考える)」と歌い、「Hollywood」では男女が恋に落ちて夢を掴む典型的なアメリカン・ドリームを批判し、「Can't Pin Me Down」では服従に逆らう女性像を描いた。フェミニズムに直接言及するというよりは、そうした「(普遍的な)女性であること」に対して懐疑的な見方をする曲を数多く書いてきた。
ここにきて、ある意味典型的な「フェミニズム・アンセム」を書いてきた。しかしながら、この歌詞と歌全体において、どうしても”説教臭さ”が漂っている感じは否めない。(いちファンの目線からすると、MARINAの新曲、ということだけでテンションが上がっているので、いい曲だな〜!と思うのだけれど)
ある意味、以前の「The Family jewels」や「Electra heart」に見られたような、勢いや楽曲そのもののの魅力よりも、メッセージ性が全面に現れた曲であると言える。
34stの記事においては、The danger is setting out to write a feminist anthem is that you might end up with just that: only a feminist anthem.(フェミニスト・アンセムを書こうとすると、ただのフェミニスト・アンセムになってしまう危険性があります)と書かれている。楽曲そのものよりメッセージが先行してしまうことへの警鐘と言ったところであろうか。
先行シングル「Purge the poison」においては、女性蔑視、人種差別、新型コロナウィルス、自然破壊、ブリトニーへの謝罪騒動...というように、メッセージを”全部のせ”しすぎて、聞いている自分も毒を飲んだような苦々しい気持ちになってしまう。
このことは彼女の懸念でもあるようで、New York Timesでの彼女のインタビューでは、以下のように書かれている。
この作品は、彼女の最も強い政治的主張でもあります。その理由の一つとして、(コロナ禍での)この奇妙かつ恐ろしい一年を挙げています。「私は、この作品が説教臭く聞こえないことを願っています。パンデミックのおかげで、多くの人が一歩下がって、自分たちがどんな生活をしているのかを見直すことができましたが、持続可能なものは何もありませんでした。」
MARINAは、時事問題に対する自分の立場について、すでにネット上で反発を感じていました。
「『彼女は資本主義を利用して今の地位を築いた』というようなコメントを見ると、自分の立場を考えさせられます。でも、私たちは皆、自分のいるシステムに挑戦することが許されているのです」
メッセージ性をうまくポップ・ミュージックとして昇華させるのはとても難しい。しかし、Rina Sawayamaの『SAWAYAMA』における、複雑化したメッセージをうまくポップに変化させた手腕、あるいはJanelle Monae「PYNK」の性的なメタファーも取り入れた軽快なMVなどからは、その多大な可能性を感じさせる。
MARINAの書く歌詞はある意味とてもストレートで政治的ですらある。しかしだからといって倦厭するのではなく、一ファンとして、彼女の訴えるメッセージには、これからも耳を傾け続けたいと思う。MARINAのAncient Dreams In A Modern Landは来週6月11日にリリースされるとのことなので、楽しみに待ちたい。
今回は2020年以降にリリースされた比較的最近の楽曲を取り上げたが、これ以外にも素晴らしくかつメッセージ性のある楽曲はたくさんあるので、またの機会に紹介したい。
フェミニズムに関する話題に触れると、どうしても「今更か」とうんざりしてしまったり説教くさくなってしまうこともしばしばあるかもしれない。しかし、ポップ・ミュージックを通して伝えることで、大衆に受け入れられる可能性が広がるのではないだろうか。
聞く側もこうした音楽に込められたメッセージを深堀することで、こうした社会問題を身近に捉えられる。なにより素敵な音楽なので、細かいことは気にせず何回も聞いてほしい。そのメッセージは自然と伝わってくるはずだ。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。音楽と歌詞和訳を交えた解説noteは、今後も「音楽」マガジンに更新予定なので気になった方はフォローしてみてください。
次回以降は、今の所
Rina Sawayamaの「Chosen Family」「XS」
Ariana GrandeとLady Gaga「Rain on me」
Katy perryの「Chainned to the rhythm」
あたりを取り上げたいと考えています。
また読んでくださると嬉しいです。