夏が恋しい私は、きっとまだ子供だ。
半袖からのぞく腕が気になる。
長袖に移り変わる中、彼はまだ半袖でいてくれることにすこし嬉しく思う。
夜は寒いと感じるかもと思いつつ、私もまた半袖で出ていた。仕事終わりに「ドライブに行く」と言った彼についてきただけで、ほぼ部屋着の薄い半袖はさすがに寒かった。
駐車場までの道のりを手を繋いで歩くとき、まだ腕な触れあうことに少しだけどきっとする。ドキドキの恋なんてこれっぽっちも味わったことないのに、私の心はどきどきを知っている。
さらりと撫でる風が心地よくも、すでに冷たい。だから私はあたたかな彼の腕で暖を取る。肌の温もりを直接感じられるときはいつだって至福のときだと思っている。
エンジンをかけて、彼が運転する。
行先も、帰ってくる時間も分からない。
私はただ揺られる。
ぼーっとしながら、外を眺め、時々すこし口を開く。
何を話したかなんて、家に帰る頃には全部忘れてしまうような、そんなことをほろりと話す。私の頭の中に残るのはいつだって思考だ。話したことは全然覚えていなくても、考えたことは、ほら。こうやってたくさん書ける。
ハンドルを持つ手を、目が辿る。
腕、二の腕、半袖の先が目に映る。その手を見て、ちょっとだけどきっとする。彼の足元には、今日は会社に履いていく革靴が見える。いつものはしゃぎまわるようなわんぱくさは感じられないその姿にまた惚れてしまうような気がする。これはいつものことだが。
平日は残業の光が輝いていた。
みなさん、お疲れ様です。
残業の光の先のオフィスを見て、私はここでは働けないと思う。キラキラビルの、高層階に自分がいる想像は出来ない。新卒の会社も高めなビルだったけれど「なんだかなぁ」なんて思ってた。私には似合わない。
彼くんは「これこれ」と会社のビルをいつものように教えてくれたけれど、私にはやっぱりどれだか分からなかった。
時刻は20時を過ぎたところ。
こんなに遅くまで働かなくてもいいと思う。
まあ、働きたい人は働けばいいし、
家族がいる人は早く帰ってあげて欲しいと思うし、
もっと自分だけの宝物を大事にする時間を作っても良いと思う。
生きてく理由なんていらない。
私たちは生まれたから生きるしかない。
だけれど、生きる為に仕事するのか、仕事するために生きるのか。それが分からない生活は酷く虚しく、寂しいもののような気がするから、せめて自分だけの大切なものに費やす時間を増やした方がいいのではと思う。
なんとなく手を伸ばしたら、手を握ってくれた。
車の中で初めて手を繋いだのは、私が疲れ果てて眠くて仕方なかったとき。
「寝てくれた方が運転大丈夫なんたって安心するから、寝ていいんだよ」
今でも忘れない。きっと一生忘れられない出来事のひとつ。その一言がどれだけ嬉しくて、安心したか。
私が寝てしまったら申し訳ないと思っていたことを分かっているようなその一言に、私はすっかり安心して、差し出してくれた手を握ってすとんと眠った。
そんなことを思い出す。車の中で手を握ったらいつも思い出す。だからいつものように、私はあの時のことを思い出した。
握った手のか細さと、彼の手の包容感にすこし驚く。自分の手も別に小さくは無い。骨太で長くて、女子の中でも大きい。それなのに私の手はなんて頼りないんだろう。それに引替え、彼の手はなんて安心感があるんだろう。手の大きさなんてほとんど変わらないのに。私はいつだってこの手に支えられている。
私は強くなりたい。
大切な人を支えられる強さが欲しい。
それなのに私はどんどん弱くなってる気がする。
人前(彼の前)ではよく泣く。
たくさんお願いする。期待する。
いやでも頼ってしまう。
一人で生きていくと思っていたのに、
一生そんなことできない気がしてくる。
強さ、とはなんなのだろうか。
でも私は強くなりたい。
わたしやっぱり、夜のドライブだいすき。