チキン・マンチュリアン【2】 インド中華のルーツ探し
一口にインド中華といっても実にさまざまな料理が存在する。そしてその出どころを探っていくと、主に二つのパターンがあることがみえてくる。
まず一つ目は、「チキン・マンチュリアン」に代表される、在インド華僑の手によって創作された中華料理、つまりインド発祥の中華料理である。チキン・マンチュリアンのほかに「ゴビ・マンチュリアン(カリフラワーのマンチュリアン)」といったベジ・バージョンのほか、「シェズワン・チキン」、「マンチョウ・スープ」などが挙げられる。ちなみにマンチョウ・スープとは後述のチョプスィーで用いられる揚げ麺をスープに浸したもので、コルカタを中心に広く食べられているインド中華料理である。そしてこのマンチョウもマンチュリアン同様「満州」を意味する。戦前の満州国と利害関係のある日本でならまだわかるが、なぜ満州とは縁もゆかりもないインドの華僑が料理名としてその地名を多用するのかはわからない。果たして地名の持つ謎めいた響きにインスパイアされただけなのだろうか……。
もう一方は、外部から持ち込まれてインド化した中華料理である。インド中華と称される料理としては、数の上ではこちらの方が多い。「チャウミン」、「フライドライス」、「スイート&サワー・ヘジタブル」、「チキン・クリアー・スープ」といった、インドのどの地方の都市でもメニュー上にみかけるおなじみの料理群である。これらは主に中国南部出身の華僑によって持ち込まれ、インド人の舌に合わせて調整・改良された。日本のように漢字を使わないインドでは、中国語の料理名は意味に沿って英訳されたものか、中国発音を単にアルファベットで表記されたものかの二通りの「翻訳」があるわけだが、このうち「エッグ・フーヤン(中華風のオムレツ)」など双方の翻訳が混在するものもあり、また調理法の異なる複数の麺料理は「ハッカ・ヌードル」、「シンガポール・ヌードル」、「カントニーズ・ヌードル」なとの本来の名前や発音とは無関係に名付けられたものも少なくなく、分類するのが難しい。
外部から入ってインド化した中華料理のうち興味深いのは、中華だからといって必ずしもすべてが華僑経由ではない点である。例えば「アメリカン・チョプスィー」という料理がある。麺を油で揚げ、ケチャップで赤く色づけ・味付けした餡をドロッとかけ、上に目玉焼きをのせた料理で、パリパリした麺と甘辛く酸っぱい餡とが絡みあって、たまに食べると美味い。とりわけてっぺんに載った目玉焼きの半熟の黄身がとろりと赤い餡に混ざり合うと、全体的にまろかやになり、何ともいえないリッチな気持ちで満たされる。
このアメリカン・チョプスィーは華人ではなく、文字通りアメリカ人によってインドにもたらされた。19世紀にアメリカへ移住した華僑は当初、小資本ではじめられる飲食店を経営することが多かった。その過程でアメリカ人の嗜好にあわせた中華風料理が生み出されていったが、チョプスィー(チャプスィ)はその一つだったという。やがて1900年代はじめから半ばにかけて代表的な「アメリカ中華料理」として全米で人気を博していく。やがて第二次世界大戦がはじまり、日米開戦の端緒が切られると、ビルマ戦線を南進する日本軍を迎撃すべく同盟国のイギリス領下カルカッタに米軍が駐屯。その際、米兵によってインドに持ち込まれたのが、このチョプスィーだったという。
ちなみに同様の例は日本やフィリピンなど米軍が駐屯している他国でもみられ、例えば沖縄にある米軍基地周辺にある大衆食堂では沖縄料理のチャンプルーやポーク卵定食などに混じって「チャプスィ」がメニューに載っていたりする。ただしインドのそれが揚げ麺に餡をかける料理なのに対し、沖縄のそれは八宝菜のようにライスと共に提供される料理であり、ルーツを同じくしていても全く異なる現地化の仕方をしていたのが興味深かった。
なお、インドのアメリカン・チョプスィーはケチャップで赤く色づけ・味付けがほどこされているが、沖縄で出されたチャプスィにはケチャップは入ってなく、全体的に白っぽい色味をしていた。実はインドにもケチャップ不使用の白っぽい色味のチョプスィーはあり、それは「チャイニーズ・チョプスィー」と呼ばれている。具体的な違いはケチャップの有無のみである。ケチャップはアメリカ食文化の象徴なのだ。
一説によると、ケチャップの原型となったものは、もともと中国南部に古くからあった「ケ・ツィアプ」という魚醤らしい。その点からすると、中華料理にケチャップを使うのは整合性があるのかもしれないが、いわゆる現在流通しているボトル詰めの「トマト・ケチャップ」を初めて製造したのはアメリカであり、ケチャップの持つアメリカンなイメージとも相まってつけられた料理名であるのは間違いない。ちなみにケチャップはネスレ社など外資の参入により「トマト・ソース」の名でインド中に拡がり、サモーサーやパコーラー、アールー・ボンダなど現代インドの軽食文化に必要不可欠な調味料として深く浸透している。
華僑や米兵といったさまざまな流入経路を経て、同じ店のメニューの「チャイニーズ」欄にたどり着いた料理の数々。インド料理がそうであるように、その一品一品をさかのぼっていくとインド中華もまた、出所や出自がそれぞれバラバラであることがわかる。しかしそれらが等しくメニュー・ブック内のチャイニーズ・カテゴリーの中にくくられている様にこそ、きわめてインド的な食のリアリズムがかいま見えるといえよう。
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