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ネット上の音楽価値について

先日、若い友人とこんな話になった。彼女曰く「このご時世で、例えば高級料亭やレストランがネット上で無料でレシピを公開したりして居るけど、これは直接足を運んだり、直接何かに触れ味わう事の需要性を忘れさせてしまいモノの価値を落としてしまうのではないか」と。

若いのにしっかりした考えを持っている彼女の考えを私は痛いほどわかるし、共感もする。そして、料理店だけでなく、勿論、それは音楽業界にも言えることだが、そんな中私は、発声の動画をyoutube上で超絶マイペースにアップしている。(ペースが遅いのは改善の余地がありorz‥)なのでおそらく、彼女の様な考えからすると、レッスンの価値、クラシック音楽の価値をお落としかねない、と思われてしまうだろうか。

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(2019年12月?スカラ座バレエのプローヴァにて)

ただ、私としては、今の私からは手が届かない所に居て困っている誰かを助けたい、という思いが勝り動画配信に至っている。そう、今の世のメリットはここにあって、近所の広告が届く、大手のCMが届く、同じ街に在る声楽教室、、ではない私の様な個人の経験が必要な人へ、どこか遠い街の人、過去の私の様に声や音楽を学ぶ事に絶望を感じている人、ブラッシュアップしたいけれども物理的にそれが許されない人へ、そんな人々に届けられるツールとしてこんな便利なモノはない。

勿論これから色んな手段も出てくるだろうが、私は今こうして、出会ったこともないけれど、歌に対して同じ様に熱いを持っている人に間接的に情報を届ける事で、もっと本物の舞台やステージ、オペラに興味を持ってもらいたいし、さらには声に向き合うことから人生の本質を見つけ音楽と向き合いキラキラと輝いてほしい、という思いもある。その為日々内容も精査しつつ、オンラインと対面レッスンも行いながら、今後ものんびりペースで?いや、少しはペースアップして投稿を続けていきたい。(いやぁ、ハイスピードの方々のスキルとエネルギーにはいつも感心して居るのですが。。)

さて、先の高級料亭の話と同じく、高級フレンチのお店が、ネット上でのレシピの無料シェアだったり、低価格だけれども手抜きのないお弁当サービスを打ち出すことにより、高級店へ足を運ぶハードルを下げた、という現在の情勢のピンチをチャンスに変えた情報を目にした。

そう、本物に触れる機会は、ネット上だろうが、リアルだろうが、そのツールの使い方、魅せ方一つで、如何様にも可能性が広がることを感じせざるを得ない好例だ。ただ一つ重要なのは、一切妥協のない本物を届ける、という点。それに私は至極共感したし、そこは一番大切にしていきたい点であることも再確認もした。(完璧主義小心者の私は、少し適当なくらいが色々捗ったりもするので、ちょうど良い塩梅を模索中である。)

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(2019年ザルツブルク音楽祭ディアナ・ダムラウのリサイタルにて)

もちろん生の音楽に勝るものはない。生の音こそクラシック音楽の真髄でもあるし、一回きりのその瞬間の演奏に一喜一憂するその儚さもまた魅力である。が、良くも悪くもクラシックの世界は、形に拘る傾向、変化を嫌う傾向が強いけれども、私なりに、ネット上だからこそのカジュアルでもあり本質も見失わず良い形での発信ができたら良い。

正直、毎回いざ声に出し動画を撮っていると、私の動画の【喋り癖】の項目でも話ている通り、自分が府に落ちているかいないかが、声のトーンや表情、口、などに如実に反映されるので、お蔵入りになった動画が何本あることか。。ただ、いくら完璧を求めても、人間日々成長していること、そして今この時点での自分は自分にとって既に完璧の状態であるという事も心にとめ、自分でも客観的な学びを繰り返している。そんな私の葛藤も含め、興味のある方はちらっと覗いてみて下さい。

喋り癖の観点ではまたnoteにも記事にできたらなと思っています^_^


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