【もののふ椿🌺本の紹介】衝撃の書『椿井文書』で私が見つけたもの②W村の古地図
▼自治体史に、たくさんの偽文書が!
「椿井文書」とは、江戸時代後期、京都南部に住んでいた椿井政隆(1770年~1837年)が、依頼者の求めに応じて偽作した一連の文書のことです。
本書によると、その数は1点や2点ではなく、近畿一円に数百点も分布しており、その精緻さや巧妙な仕掛けから、自治体史に真正な文書として引用されているケースが多いのだとか。
実際、京都南部の自治体の『京都府田辺町史』や『山城町史』など、30以上の自治体史に椿井文書が引用されているそう。きっと担当者はこの本を読んで、これはヤバいと青ざめたことでしょう😨
▼偽文書には大きな特徴がある
一連の偽文書の作成方法には共通点があり、あたかも中世に描かれた地図や古文書を、江戸時代に書き写したように装うというもの。そうすれば、紙が新しくても不自然ではないからです。
主な特徴は、
ちなみに、ある人が椿井氏に頼んで偽文書を作ってもらった謝礼として、当時の価格で50万円ぐらい払った領収書が残っているそうです。
▼なんのために偽文書を作ったのか?
しかし、なぜわざわざお金を払ってまで、こんな偽文書を作ったのでしょうか?
その理由の1つとして考えられるのは、訴訟で証拠として使うためではないかということ。
たとえば、村と村がある利権をめぐって争っているとき、自らを有利にする証拠として、偽造した古地図を提出し、
と主張したようです。
だから椿井氏は、村と村が対立する場面でよく現れたんだそう(なるほどね~😲)。
また、お金持ちの農家のご先祖が、実はその土地の豪族だった!という風に箔をつけるために系図を作成したことも多かったとか。
と思いきや、うちの家系図はそもそも昭和初期に曽祖父が作ったものだから、その心配はないんでした😅
▼私のルーツの「W村」があちこちに出てくる
ところで、私は本を読み進めるうちに、あちこちに「W村」という地名が出てくるのが気になりました。
やはり、W村と椿井氏の本拠地から10キロしか離れていないんだから、W村に住む人が依頼したとしてもおかしくありません。
ふと、この古地図が目に止まりました。
鎌倉時代に、笠置山へ向かう後醍醐天皇が立ち寄ったW村の金胎寺を描いた地図だそう。なんだかどこかで見たような……?
手元の『W町史』を確認したら、ありました!
なんと、巻頭にカラーで載っていました。
一番下の黄色い部分には、「W天満宮」と「春日大明神」の文字が。
なんと、私の先祖・筒井家の氏神じゃないですか……!
Oh, my god😱
▼神社の由緒に偽りはないはず
一瞬そう思ったものの、いや、さすがにそんなはずはない😅
この地図が偽文書だとしても、W天満宮は国指定の重要文化財だし、春日神社は京都府指定文化財です。
文化財に指定される際、たった1枚の古地図が根拠とされるわけがないので、その由緒は別の資料で明らかになっているはず。
▼椿井文書の「代表作」にドキッ
しかしこの後、私はさらにドキっとするものを目にすることに。
それは、椿井文書の「代表作」とされる大掛かりな偽文書、「興福寺官務牒疏」。
これは、奈良の興福寺の末寺を列挙したリストなのですが、そこになんと、「W杣春日神」という、またしてもうちの氏神の名前が載っていたのです。
一体、これは何を意味するのでしょうか……?(ドキドキ😨)
(続く)
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サポートありがとうございます! 近々、家系図のよくわからない部分を業者さんに現代語訳してもらおうと考えているので、サポートはその費用にあてさせていただきます。現代語訳はこのnoteで公開しますので、どうぞご期待ください。