7.メアージュピース物語 第3部 果てなき旅を終わらせた冒険者達の章 外伝「世界中を震撼させた悲しみの記録」第7話
第7話 草原の大陸ノークノーカ ランツドーエ国 ネオートの村
ミスティーユ=パレッティ(22)の物語
私の一族は、遊牧民族シャイダーム。
この草原の大陸ノークノーカの広い広い草原を、家畜を引き連れて転々とするの。
「よーしよし。さあ、お食べ」
「ほら、水だよ」
家畜に草を食べさせ、水を飲ませる。
馬や牛、羊など種類は様々で、犬や猫なんかもいるの。
私達子供が、一応家畜の世話をする事になってるんだ。
「見ろ、猪だっ!」
「じゃあ、あの鳥を仕留める側と二手に分かれよう」
「ああ、分かった!」
お父さん達大人の男の人は、狩りに出る。
お父さん達が頑張ってくれないと、私達その日は食べられないんだ。
「確か、昨日の木の実がまだ残ってたわよね」
「じゃあ私、ミルク取って来るわ」
「そうそう、お洗濯も干してしまわなきゃね」
お母さん達大人の女の人は、料理や洗濯をする。
特に、私のお母さんの料理は最高なの!
ま、まあ、それは従兄妹のライオネルやアレーナもそう言ってるんだけどね。
自分のお母さんの料理が、一番だって。
でも、やっぱり私のお母さんの料理が一番よ!
「此処は、ウロの実の色でいいかねぇ?」
「ふーむ……いや、ウロは実よりも葉の色の方がいいかもしれん」
「なるほど。では、やってみるかのぉ」
現役を引退したお祖父ちゃんやお祖母ちゃん達は、自然の草花を使った染物をしたり、染めた糸で織物をしたりしてるの。
出来上がった服や小物、アクセサリーは各地に売りに出すんだけど、これがまた凄い人気らしくて、すぐ売り切れちゃうんだって。
「うわぁーっ!今日も、星が綺麗ね!」
「ほーんと、素晴らしいわ!」
夜には大きなテントを張って、満天の星空の下で眠るの。
もう、最っ高なんだから!
でもね、実際本籍はネオートの村で、両親も私も、お父さんのお兄さん家族も、お母さんの妹家族も、みーんな生まれはネオートなんだ。
私達、遊牧民族シャイダームは冬の間はネオートの村で暮らし、春になったらまた草原に出る。
生まれた時から、そんな生活を続けていた。
毎年毎年、それの繰り返し。
何の変わり映えもしない、生活。
そりゃあ、たまには刺激が欲しいと思った事もあったけど、でも何もああなってくれとまでは望んでなかったんだよ…だけど。
それは、起こってしまった。
毎年、変わらない平凡な毎日を過ごしていた筈なのに。
あの年だけは、違っていたんだ。
「おい、アレーナ!ミスト!」
従兄のライオネルが、遠くを指差して言った。
「あれ、見てみろよ」
私達は、ライオネルが指差す方向を見た。
私のもう1人の従妹アレーナも、何かに気付いたみたい。
「何か、走って来るわ…」
その時は夜遅くて、草原も真っ暗…。
だから私、最初は何も見えなかったんだけど。
「あら、本当だわね…貴方っ!」
アレーナのお母さん、つまり私の伯母は夫である伯父を呼びにテントに入った。
「野生の動物かもな!」
ライオネルは、凄く楽しそうだった。
「干し肉にすれば、暫くもつんじゃない?」
私がそう言うと、アレーナはソワソワし始めた。
「そうと分かれば、こんな事してる場合じゃないわ!」
アレーナは、慌ててテントに入る。
「お父さぁーんっ!私も、一緒に狩りに出るから!」
「おいアレーナ、あれは僕が見つけたんだ!僕の獲物だぞ!」
ライオネルも、負けじとテントに駆け込む。
「皆、あの動物を狩りに行くのね…よーし!」
私もテントに入ると自分で作った巨大ブーメランを担ぎ、そっとテントを抜け出した。
「あれは、私が仕留めるぞっ!」
あの時の私、すっごく意気込んでた。
だってね。
『お前はすぐサボるから、戦力にはならんな…』
『お父さんっ!それ、どう言う意味っ?』
『いいか?私や母さんが死んだら、お前どうするつもりなんだ?』
お父さんはいつだったか、常にやる気のない私を呼び出してそう言った事があったの。
『ど、どうするんだって…そんな先の事、考えられる訳ないじゃない!』
さっき、子供達は家畜の世話をしてるんだって言ったでしょう?
それと同時に、狩りの練習もしてるんだ。
お父さん達に教わりながら自分で独自の武器を作り、それを使って獲物を仕留めるの。
だってお父さん達だって人間だもん、病気になる時だってあるわ。
もしそうなった時に、誰も代わりが出来ないんじゃあ食べる物がなくて、一族が飢え死にしちゃうでしょ?
だから、私達子供も狩りが出来るようにしておくって訳。
お母さん達も子供の頃、現役だったお祖父ちゃん達から教わったんだって。
『ライオネルやアレーナは真面目に狩りに取り組んでいると言うのに、お前は母さんの料理をつまみ食いしたり、出来上がった織物を試着したりと、皆の邪魔ばかりしているではないか!』
父さんは、そう言って頭を抱えてたっけ。
でもま、父さんの言う通りなんだよね。
だってさ、腹が減っては戦だって出来やしない訳だし…それに、女の子だったら新しく出来た洋服でお洒落したいじゃない?
それにさぁ…タイミング悪い事に狩りの練習してる時って、丁度お母さん達が料理作ってる時だったりするんだよねぇ。
だからいい匂いがして来ると、ついつい体がフラフラーっとそっちへ行っちゃって。
それに、お祖母ちゃんが私の大好きなリダとミトの花で染めた布を織ってたりすると、どーっしても身につけたくなっちゃうの!
『なあ、ミスト…頼むから、父さんをガッカリさせないでくれ』
そんな風にして溜息つかれちゃあさ、ミスティーユ様としてもこのまま落ちぶれる訳にも行かないかなと。
まあそう思ってそれ以来、夜中に1人で狩りの練習する事にしたんだ。
内緒の練習だから、私が夜中にこんなに努力してるなんて誰も知らないの。
だからお父さんは、相変わらず私に怒ってばっかだったけどね。
『おいミスト、お前もたまには真面目に狩りの練習に取り組んだらどうだ?』
『うーん。じゃあ、今日のお母さんの料理つまみ食いしてから…』
『もっ、もういいっ!勝手にしろっ!』
お父さん、すっごい怒ってたなぁ。
『ったく…ミストも叔父さんの娘なんだから、狩りの筋はいいだろうにさ』
毎日のように怒られている私を見ながら、ライオネルは呆れて言う。
アレーナも、肩を竦めて呟いた。
『ほーんとそうだよ、ミスト。あれで、もう少し真面目にやってればねぇ…』
『ハハ、ハハハ!そ、そうかなぁ?』
ま、言いたい奴には言わせとけって事。
私は、夜中の練習の事は誰にも話さなかった。
自信がついたら、皆の前で技を披露して驚かせたかったから。
だから、今日こそがその時だって思ったの。
テントの中では、突然の獲物の出現に皆がザワついていた。
私はたった1人でテントから大分離れた所まで歩いて来ると、目を凝らして草原を見つめた。
その動物は、草陰に隠れながら物凄いスピードで走っていた。
「ず、随分速いんですけど…」
其処で、ある異変に気付いたの。
「えっ…」
わ、私、心臓が止まるかと思った……だ、だって。
「にっ、人間っ?!」
そう、それは野生の動物なんかじゃなかった…。
人間だったのよ!
右手には何か光る大きなものがついていて、月の光に照らされながらそれは鈍い銀色に光っていた。
あれは…確かに、爪だった…物凄く大きくて、鋭い爪。
「うわぁーっ…あんな武器があったら、野生の動物も一撃で殺せるんだろうなぁ…」
この時の私は、こんな呑気な事考えてたの…。
物凄く、バカだった。
一撃で殺されたのは、野生の動物なんかじゃなかったんだ。
「ウワァーッッッ!」
最初の悲鳴が、風に乗って遠くから聞こえて来た。
「ギャァーッッッ!」
「たっ、助けてくれぇーっっっ!」
私は、目を見開いた。
悲鳴は遥か遠く、私達のテントの方から聞こえる。
草の陰に伏せていた私は、慌てて立ち上がろうとした…でも。
「あ、あれ…」
力が入らなかった…立てなかったの。
「グハァーッッッ!」
「ギャァーッッッ!」
悲鳴は、断末魔の叫びに変わっていた。
体が震える…。
私は、ただその場で泣く事しか出来なかった。
そして…どれほどの時間が、経ったのだろう。
私は、いつの間にか眠っていた。
目を擦りながら、起き上がる。
丁度、地平線から朝日が昇る所だった。
私は、辺りを見回した。
遥か遠くに、テントが見える。
私は、昨夜の事をふと思い出した
テントに戻るのが、怖かった。
戻りたくない…でも。
私はゆっくりと立ち上がり、一歩ずつテントに近付いて行った。
静かに深呼吸する。
ようやく、テントの前まで辿り着いた私は…言葉も出なかった。
テントは崩れ、家畜も全滅。
辺りの草は、血で真っ赤に染まっていた。
私は、慌てて倒れたテントのポールを引きずった…すると。
「おっ、お母さ…っ…?」
お母さんだった…隣に、お父さんも横たわっている。
奥にはお祖父ちゃん、お祖母ちゃん、伯父さん、伯母さん達もいた。
ただ、ただ…信じられなかった。
少し離れた場所に、アレーナがいた。
アレーナを庇うように、ライオネルが覆い被さって倒れている。
ライオネルは、自分の技に自信を持っていた。
男の自分が、女のアレーナと私を守るっていつも言ってくれていたよね。
「ライオネル、ちゃんとアレーナを守って、くれたん、だ、ね……あ、ありが、とう…っ」
私は、涙が止まらなかった。
遺体には、全て大きな爪の痕がついていた。
「っ…こ、この爪は…っ…?」
私は、すぐに昨日目撃した人間を思い出した。
鈍く光る、巨大な爪。
あれは男だったか、それとも女だったか…こんな事なら、よく見ておくんだった。
「畜生っ…っ…畜生ぉーっっっ!」
私は草原に膝をつき、何度も何度も拳を叩きつけた…。
血が滲み出るまで、何度も。
そんな事をしている間に、日は暮れた。
私は、空を見上げた…。
いつも通り、満天の星空。
「何1つ変わってない、いつもの夜だ…」
そう、一族が全員死んでしまった事を除けば。
「何もしてないのに、人間って眠くなるんだ…」
その日の夜、私はパタッと眠りについてしまった。
皆で仲良く過ごす、いつもと変わらない平凡な生活を送っている夢を見た。
それから、1年間。
私は、ネオートの村には帰らなかった。
この草原で、たった1人の時を過ごしたのだ。
お墓も全員分、1人で作った。
何もない、だだっ広い草原の真ん中にこれだけの十字架が立っているのは、不思議な眺めだ。
夜中に練習し続けた甲斐があり、毎日の狩りはスムーズに行った。
当たり前か…。
今までみたいに、一族全員分用意する訳じゃない。
私1人が、食べる分だけでいいのだから…。
そしてあの悲劇から1年が経った、20歳の春。
私は、久しぶりにネオートの村に帰った。
「ミッ、ミスト…っ?」
「何だってっ?!」
「みっ、皆っ、ミストだよ!ミストが、無事に帰って来たよっ!」
村の皆は、総出で私を出迎えてくれた。
「アンタ、幽霊じゃないだろうねぇ?」
「やだ、メリーおばさんったら…この通り、足もついてるでしょ?」
「ほら、こっちに来て温かいスープでもお飲みよ!」
皆は、私に優しくしてくれた。
村の人達は、草原を通り掛かった旅人や商人から、私達一族は全滅したらしいって話を聞いてたみたい。
だから私が帰って来た時、目を丸くして驚いてたよ。
それから2年間、私はネオートの村で療養したんだ。
そうそう。
私自身は気付かなかったんだけど、1年ぶりに帰って来た時の私、相当ヤバかったみたい。
やつれて顔色も悪くて元気なくて、見てるこっちが辛かったって。
村の皆には、ほんと迷惑掛けちゃったなぁ。
でも、もう大丈夫。
この2年で、すっかり元気になったから。
近所に住んでいたお爺ちゃんお婆ちゃん夫婦の家に、2年間ずっとご厄介になってたんだ。
2人に別れを告げ、村の皆にお礼を言った私は再び村を出た。
今度は、遊牧の為じゃない…。
仇を討つ為だよ。
あの爪を持った人間を、探す事にしたの。
一族の皆が殺られたんだもん、残された私がこのまま黙ってる訳にも行かないでしょう。
勿論、村の皆は止めてくれたよ。
私の事、思ってくれてるのがよく分かって嬉しかった。
ちょっと、心も揺らいだよ。
このままお爺ちゃんお婆ちゃんの家で楽しく暮らしたい、村の皆と仲良く暮らしたいって。
でも、私は行く…ごめんね。
そして、有り難う。
皆、必ず帰って来いって言ってくれた。
私、絶対無事に帰って来るから…絶対に。
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